本文に移動

タイム・カプセルEXPO'70記録書 概要 収納品リスト サイトマップ パナソニックの社史

ここから本文です。

収納品 - 裏話〜五千年の旅路につかせて〜

日本万国博を記念して、われわれが計画しました「タイム・カプセルEXPO'70」は、みなさんの献身的な協力のおかげで、完成の運びになりました。計画に着手してから、実にまる三年がたっております。いうまでもなく、このタイム・カプセルは、現代の人間社会の姿を、そのまま、高い水準の保存技術によって五千年後のわれわれの子孫に残そうという、世界で初めての本格的なタイム・カプセルです。各方面の広い支持と注目を浴び、昨年の万国博でその内容が松下館に展示されたさいには、七百五十万人にのぼる観客を集め、博覧会場のさまざまな展示の中で最もユニークなものとして、好評を博しました。記念すべき埋設式も無事すみましたので、計画の当初よりご苦労願いましたみなさんに、タイム・カプセルについていろいろふりかえりながら、お話をうかがいたいと思います。
(稲野編集局長のあいさつから)

出席者紹介

出席者

茅 誠司  タイム・カプセル技術委員長(東大名誉教授) 
赤堀 四郎  同選定委員長(阪大名誉教授) 
奈良本 辰也  同選定委員(歴史学者) 
高須 孔武  同実行委員(松下電器タイム・カプセル開発本部事務室長) 
岡崎 千里  同実行委員(同事務室部長) 
古田 昭作  同実行委員(大阪商大助教授) 

出席者

稲野毎日新聞(大阪)編集局長
檜垣毎日新聞(大阪)社会部長

このページの先頭に戻る

埋蔵を終えて

――タイム・カプセルは、大阪城本丸跡の地下十五メートルではるか五千年のかなたに向かって長い旅路についたわけですが、ここに集まられたみなさんはカプセルの生みの親、育ての親であり、感慨もひとしおと思います。地中に降りてゆく一号機カプセルをみて、いかがでしたか。

茅 タイム・カプセルは科学技術の結晶ですね。現代の科学文明というものに自然頭をめぐらしました。この百年間の科学は電気を駆使することでできあがった。さてつぎに人間が使いこなしてゆくものは何だろうか。これからの五千年で、人間は生命をコントロールできるようになるだろうか――などとね。

赤堀 収納物選びの役目をしたものですから、やはり選定小委員会なんかでの楽しいやりとりが思い出されました。それから、五千年後の人類がカプセルのふたをあけるとき、どんな気持ちになるだろうか――この想像が実に楽しい。われわれも五千年なんていう先のことは、カプセルにたずさわる前は考えたこともなかった。個人の生命はいつか消えるが、収納物選定に参画したことで、われわれの“考える”という生命作用は五千年後まで残される。なにか生きてきたかいがあったような気持で(笑い)。

奈良本 わたしは、いまの人類は文明の曲がり角にあると思っているのですよ。このまま進歩を続けてゆくことが人類にとって幸福なのかどうか。歴史的に一度ここで断絶した方がよいのではないかと思えてくる。十八世紀にはじまった現代文明が隆盛の頂点にきた。ここでスパッと切ってしまって、その極致にあるものを大阪城の井戸の中に埋込む。歴史的に非常に意味のあることだと思いました。五千年後の人たちは二十世紀の後半が、ローマ帝国の末期のようだったというかもしれない。

このページの先頭に戻る

制作の苦心

――ひとくちに“五千年後への贈りもの”といいましても、実際それを制作する段になると、たいへんな作業でした。予想もしなかった障害をつぎつぎに解決して、ついに完成させたスタッフの苦労はなみたいていのものではなかったでしょう。ひとつ、みなさんの苦労話を聞かせてください。

古田 当時、毎日新聞学芸部員だった私がタイム・カプセルに接したのは、ニューヨーク博のパンフレットによってです。そこに、ウェスチングハウス社のカプセルの写真があり「おもしろそうだな」と思ったのがはじまりです。その後、渡米したさいに資料を集めてみると、いやに簡単にできている。内容もビキニ水着、ビートルズのレコードなど当時の流行品ばかり。ニューズウィーク誌の記者などと「日本で、もっと本格的なものを作りたい」と話して帰ってきたら、さっそくそのことが同誌に載ってしまった。基本案を作って松下電器へ相談に行ったのは昭和四十二年五月、毎日と松下の連名で社告記事が出たのは翌年の一月です。それから後の準備期間は「どんな委員会を作るか」「日本的な性格をどうやってつけるか」など、短時間に多くの難題が重なって、無我夢中でした。

岡崎 技術的な面でも苦労の連続でした。なにしろ五千年という時間でしょう。私たちはふだん、せいぜい一年か二年先のことを考えて物を作っています。研究室では何万分の一秒なんていう時間を相手にしている。五千年先のことなど考えたこともない。なにから手をつけていいやら・・・・・・。
とりあえず「物が腐っていくことはどういうことなのか」を、あまりむずかしくなく、簡単に考えることからスタートしました。三年足らずの準備期間ですから、一つ一つの保存法にあまり時間をかけるわけにもゆかず、まあ、五千年をメドに、プラス・マイナス三〇%くらいの誤差を見込んで保存する方法が見つかればよしとしました。

高須 意外にむずかしかったのは、物の形を残すのか、機能を残すのかの問題です。シャツなどを現在の形のまま残すには、たとえば石英繊維で織ればよい。しかし、五千年後の人が「むかしは石英を着ていた」と思ったのでは困ります。本などは文字さえ読めれば、少しぐらい変色してもよい。レコードは形がそのまま残らねば音が再生されない。それらを考えながら、二千九十八点全体の保存技術のレベルをそろえる努力をしました。そして、最後の難題は、球の中にこの膨大な数のものをどう詰めるか。「球ではなく円筒形だったらだいぶラクなのに」と、ぼやきたくもなりました。なにとなにを隣合わせにするかでも、ひと苦労。塩化ビニールと紙をくっつけると紙がいたむし・・・・・・というぐあいでした。

――カプセルの型や大きさはどうして決めたのですか。

古田 等圧球型という着想がまずあったわけです。初期のソ連宇宙船のキャビンが球型で、それが一つのヒントになった。球は力学的にみても安定しているし、どこか東洋思想を現わしていて、大きさも最初は、内径二メートル案が出たが、大きすぎるということで結局、一メートルに落着きました。

茅 二千点以上がぴったり収まったのは偶然かな。

岡崎 偶然というより、うまく詰込んだのですよ。内径を一メートルにすると、容積は五百リットルしかない。しかもあらかじめ選定されている内容物は二千点を越える。そこで品物自体を小さくすることにした。たとえば、書物なら岩波文庫本。金属なら、二センチ角というように。映画のフィルムも長尺ものを何時間何分に編集してほしいと注文した。しかし、五百リットルといっても、実際の収容空間は三百リットルしかない。二千点以上が収納できるかどうか、実は不安でした。

赤堀 カプセルのなかに映画のフィルムを入れたのは、すばらしいことです。品目の大半は静的なものだが、フィルムは人間の動きを五千年後の世界に伝える。動的なものを残せたのは画期的なことだ。そのためにフィルム保存の新しい技術も開発されましたね。

高須 写真工業専門の菊池真一選定委員(東大名誉教授)の考えで、フィルムに金調色という特殊加工をしたのです。これで“動く絵”を五千年間保存できる自信がつきました。

このページの先頭に戻る

収納物の選定

――収納物の選定は大変な仕事だったでしょう。

赤堀 自然科学、社会、芸術という三分野に大別して、それぞれ小委員会をつくってやったのですが、みな熱心な先生方ばかりでしてね。苦労したというより、大いに楽しんだというのが本音です。わたしが専門の立場で一番興味を持った生物関係の収納物について言いますと、日本の生化学の成果である酵素や核酸の結晶を入れたのですが、これがさて何年先まで活力を持ち得るか興味深い。五千年先は無理だが、二号カプセルのあけられる三十年後ではまだ生きた状態でいるかもしれない。学問上の実験としても重要な意義を持っています。ハスの種子なんかは、五千年も昔のものが現在発芽しているそうですから大丈夫でしょう。

奈良本 現代のすべてを封入するなどということはとても出来ない相談ですから「いかにしてはぶくか」が選定の仕事だったといえます。最初あがってきた収納物候補はものすごい量でした。しかし政治、経済のデータやスポーツの記録などは、年鑑を一冊入れればおおかた間に合うわけでして、そんなふうにどんどん削っていったものです。

赤堀 記録類がたくさんはいるでしょう。五千年後の人たちがもしや読めないのじゃないか、とそんな心配もしました。しかし考古学の先生に聞くと、まあ解読してくれるだろうという保証が出てひと安心。

奈良本 いまの世の中では図書館や博物館がかなり完備していて、おおやけのものはそういう場所で伝えられていく可能性が強い。だからすぐすたれてしまうような風俗的なものを収納しておく方がいい。そこでトイレット・ペーパーも有力候補にあげたわけです。「大き過ぎるからカンベンしてくれ」と技術関係の人たちからうまく断わられましたがね(笑い)。

――トイレット・ペーパーなんて五千年後も必需品じゃないのですかね。

奈良本 いや、百年前には木の葉を使っていた(笑い)。口紅とか、つけマツゲ、ビキニ、パンティ、こん収納物も五千年後には使い道がわからぬだろうと、絵巻物(人間絵巻)で図示しました。絵巻物は日本人の発明した手法ですが、過去の風俗が手にとるようにわかりますから。

高須 酒をいれようという声もありましたね。「一升ほども入れて、未来人に飲ませるなら意味があるが、ほんのすこしでは・・・・・・」という意見で結局、やめることになりましたが。

岡崎 意義が大きいのは、動く絵と音声、つまり映画とテープを残したことだと思います。中国文学の吉川幸次郎先生が「中国の古文の研究でいちばん困るのは、音声が残っていないことだ。漢字ばかりが最初から最後まで切れ目なく並んでいるから、どこで区切ったらよいのかわかりにくい」と話しておられました。五千年後の人は現代語の音声を知るから、その点はラクなわけです。

――五千年後の人間をびっくりさせたり、困らせたりしてやろうというような、茶目っけのある収納物はありましたか。

奈良本 つけマツゲなんか首をひねるでしょうな。そして使い方がわかると、女性の間にパッと流行する(笑い)。パンティは頭にかぶってみたりね(笑い)。性生活の手引きも入れました。

古田 音の記録で、イビキ、歯ぎしり、ハミングなんてのがありますよ。これは説明がないから、なんだろうと頭を悩ますでしょうね。

岡崎 すべて説明しようとしたら、説明書だけでカプセルがいっぱいになってしまう。少しずつ抜かして、研究の余地を残しておいてやるのもいいじゃないですか。

奈良本 五千年後にはカプセル研究で博士が生まれる(笑い)。

岡崎 ママゴト・セットなどは収納物の中でも楽しいものですが、いまのママゴト・セットにはハシと茶わんがないんです。フォークとナイフだけ。絵巻物にはハシと茶わんの食事風景が出てくるので、くい違っちゃう。最後になって、あわててつけ加えましたけど。

奈良本 絵巻物は実に細かく現代の風俗を描き込んでいる。それに毎日年鑑、汽車の時刻表、職業別電話帳。時刻表からは日本中の地名と交通のありさまがわかるし、電話帳からは職業のすべてがわかる。その目的で、変てこりんな職業が残っている京都市の電話帳を入れました。これだけそろえば、現代日本のすべてを伝えることができたといえますよ。

高須 考えてみると、タイム・カプセルが生まれるまでに三転してるんですよ。選定委員が決まるまでの苦労がその一つ。こんどは、何を入れるかで、委員たちが真剣に討論した。あまり真剣すぎて、まとまるのかな、と何度も心配した。構想がほぼまとまったのは、やっといまから一年前なんですよ。

赤堀 選ばれた委員たちは、責任重大とばかり、みんな真剣になりすぎた。そんな空気のなかで、坂西志保委員が「収納し忘れたものが一つや二つあったってかまわない。気楽にやりましょう」といわれたので、ほっと肩の力を抜いたものです(笑い)。

高須 二号機の方は三十年後にあけるでしょう。私たちが各分野の方たちにお願いに行くと、みなそれを聞いて「それならオレも生きている。ちゃんとしたものを入れてもらわんと」と真剣になってくれましたね。大いにきき目がありました。万国博期間中でも、ソ連当局なんか大変な力の入れようでした。月面に置いてきたルナ2号のペナントの複製をもらったのですが、観客を集めたソ連館コンサート・ホールでぎょうぎょうしく贈呈式なんかがあって。

――収納物リストを見ますと、選定作業からたった一、二年で、もう時代の流れを感じますね。

高須 社会分野では万国博と大学紛争の記録類がたくさんはいっていますが、公害問題は抜けている。アトラス(地図帳)には「公害地図」がはいっていますが・・・。とにかく収納物集めの時点は大学紛争のさなかだったでしょう。大学の先生方は避難して雲隠れしていましてね。連絡がとれず困ったものです。

古田 ある大学教授は、自宅へ電話をすると、こちらを学生と勘違いしてか「番号違いだ」とがんばるのです。明らかに本人が出ているのですがね(笑い)。タイム・カプセルのため書下ろした「科学レポート」では、執筆を依頼した阪大の先生がなかなか見つからず、探し当てたところが阪大病院のベッド。書く方も書いてもらう方も悲壮なものでした。

このページの先頭に戻る

あきらめた物

――収納物のなかで、残念ながらあきらめたものや、あれこそ入れたらよかった、といったものがありますか。

岡崎 蚊とハエ、それに微生物以外の動物の実物は入れられなかった。また皮革類は、なめし加工すれば大丈夫という意見と、いや保存はだめだという意見が対立して、収納するかどうか最後まで決まらなかったものの一つです。だが、今世紀はカバン、ハンドバッグなど皮革製品を大量に使う最後の時代だ、という意見が出て、ついに収納することに踏切りました。他の収納物への影響を考えて、小箱に密封したんです。蚊とハエもアクリル樹脂加工して入れたのですが、専門家に相談にいったら、いろいろな種類をあれも入れろ、これは入れるべきだ、とやたらに数がふえて困りました(笑い)。酒もインスタント・ラーメンもあきらめた。食品類は一切なしです。五千年後の人たちが、試食して病気にでもなられたら気の毒ですから(笑い)。

赤堀 小さな動物を五千年後に生き返らせようというアイデアも出ましたね。たとえば金魚。液体空気のなかで凍らせて入れたら、五千年後の金魚バチで泳ぐ。だが一定の温度を保つ方法がなくてあきらめた。

――人間の精子を入れるという話は、どうだったのですか。

奈良本 五千年後の人類は、おそらくダメになっているだろうという発想から現代の人間の精子を入れようということになった。手足も動かさない、頭も使わない、退化した五千年後の人類に、活力を与えるために七〇年代の優秀な日本人の精子を注入する。人類は再び活力を取戻す。これは最大の贈り物じゃないか(笑い)。カプセルを南極に埋めるのなら可能だ、ということでしたね。

岡崎 精子を保存するには、非常な低温がいる。最後には、カプセルのなかに冷凍機を入れたら、という意見もでた。計算してみたら冷凍機はカプセルと同じくらいの大きさになってしまうのです。

このページの先頭に戻る

保存の技術

――タイム・カプセルの技術委員会は、日本の科学界の最高頭脳を集めたことで、大評判になったものです。この委員会をとりまとめられた茅先生、委員会の裏話をお聞かせください。

茅 率直にいって、実に楽しい委員会でしたね。大学の定年過ぎや、それに近い人が多く集まりましたが、みんな、かつては学会などで議論しあった仲間です。会合のたびにヤアヤア、ワイワイと、それは愉快でした。なくなられた切削工学の大越諄委員(東洋大工学部長、四十四年十月死去)など、カプセル本体のステンレスの切削について、たいへんな熱のいれようでした。「それほどしなくても」と思うくらい、自分の実験室でやっていました。そのデータを、委員会出席の途中、新幹線のなかで得意そうに広げて見せてくれたりして・・・・・・。「大越さん、楽しそうですね」といったら「うん、楽しい、楽しい」。あのあと間もなくなくなりましたから、あれが大越さんが研究を楽しんだ最後でしょうね。今井勇之進委員(東北大教授)が本体の金属を、岡田実委員(阪大名誉教授)はカプセルのフタの溶接を、増本量委員(電気磁気材料研究所理事長)が「磁気は五千年くらい消えないからテープはOKだ」など、まったく熱心に話合ったものです。

岡崎 私たちが実験しようとすると、ほとんどの先生たちが「いや、自分の手でやってみる」。ずいぶん力をいれてくださいました。

古田 しかし、その委員の方たちを集める段階では「そんな夢のような話」と笑われるのじゃないかと思って・・・・・・。茅先生に「うん、それはおもしろそうだね」といわれた時は、ほんとうに救われた感じがしました。発足後は、委員会の出席率もよく、安心しましたが。

茅 自分の大学にも、専門にもこだわらずに討論できるのだから楽しいわけだ。こんな会合は今までいちどもなかったですから。

古田 アメリカのアポロ計画に匹敵する頭脳集団でしたね。

岡崎 思いがけないことにもずいぶん出くわしました。収納物をくるむ紙について、登石健三委員(東京国立文化財研究所)と相談して、手すきの薄葉紙を選んだのですが、実験してみると、この紙がすぐ黒く変色する。保存技術の大敵である塩素分が多いんです。手すきだからそんなはずはない、と製造元へ行ってみたら、なんと簡易水道の水を使っていた。これではダメだと、人間絵巻の用紙などは、無形文化財の成子佐一郎さんに頼んで特別に手すきの雁皮紙をつくってもらいました。収納物の小箱に張った材質なども、メーカーの方が「へえ、そんな使い方もあるんですね」とびっくり・・・・・・。

――実際五千年も保存できるのか、とよく聞かれるのですが、大丈夫でしょうね。

高須 地下十五メートルですと、摂氏十五度からプラス・マイナス一度くらいでほとんど変化がない。しかしカプセルの設計は最高百度制度の温度変化を想定して万全を期している。一番弱いのは生物資料ですが、まず四〇度くらいまでは大丈夫でしょう。埋設構造も苦心した点なんですが、結局は地中にフローティングさせる(浮かせる)構造をとったのです。回りを固めたセメントはせいぜい三百年くらいしかもたないでしょうが、カプセル球体の周囲には、コンクリートとステンレスによるさらに二重の防護壁がある。五千年はもちろん、一万五千年くらいは大丈夫というのがわれわれ技術陣の予想です。

このページの先頭に戻る

五千年後・・・・・・さて

――開封の仕方もむずかしいでしょうね。

岡崎 なにしろ空気、水、光からしゃ断してあるので、いきなり開いたら、たちまち変質してしまうような気がします。「だんだんに外気に触れるよう、ゆっくり開封してください」と、外ぶたと内ぶたの間に書いてあります。あけた後、内容物をどう処理するかについては、五千年後の人に考えてもらうことにしました。百年ごとにあける2号機の方には「記録類はすぐに複写してください」「カプセル本体の溶接箇所を点検してください」と書いてあります。

古田 しかし、それぞれの時代の人が「むかしの人間にまけてたまるか」ということで、立派な保存技術を使って残していくでしょう。

茅 百年ごとに別のカプセルを作って、つぎつぎに並べていったらどうでしょう。人間ドックも一回だけでは効果が薄いんで、定期的にその時点での身体全体を調べてみるのがよいといわれています。タイム・カプセルについても同じだと思いますがね。

古田 そういえば、最近、韓国でタイム・カプセルを作る計画が持上がり、日本から“技術導入”しようといっているそうです。東南アジアの国々でも、タイム・カプセルのことは、よく知られていますからそのうち続々と作り始めるかもしれません。みんな「現代を再認識し、未来を考える手段になる」と、もてはやしています。

岡崎 二つのカプセルのうち、一つは三十年後の二〇〇〇年にあけるんですが、生きているうちに、カプセルの開封に立会えるというわけで、担当者はみな張切りました。五十年後では、さすがにそんな意欲はわかなかったでしょうね(笑い)。

――五千年後にカプセルを開封するのはどのような人類でしょうかね。

茅 うーん。まあ、人類が生存し続けるために、まず、これ以上人間をふやさないこと。その方法をみつけて、実行することですね。

赤堀 生物学的意味での人間はまあ変わらんでしょう。だが、地球上の生物の分布図は大きく変わるでしょうね。人間がどんな姿でどんな位置にいるのか、ちょっと見当がつかない。人間は考える力を持ち、自我意識が強い。ほかの生物と違うところです。人間の予測能力がいま以上に強くなることが考えられる。予測能力を越えるものもなかにはあるでしょうが、人間という生物は環境の変化に適応しセルフ・コントロールをやりうると思います。

奈良本 だんだんに手足を使わない、頭も働かさないでいると、五千年後の人間像は退化人間ということになります。人類は衰亡するのではないか、という予感もある。だが、私たちがタイム・カプセルを埋めるのは、そんな未来がこないように、五千年後の人類に希望をつなぐという祈りがある。

岡崎 文化や文明の意味が大きく変わり、まったく異なった文明があらわれるのじゃありませんか。

奈良本 産業革命以来のいまの文明は、必ず行詰まりがくる。未来の新しい文化は、それが人類そのものを滅ぼすことがないかどうかを考え抜いた、ギリギリのところで成立する文化だと思いますね。

茅 一番注目すべきものは生物学の進歩がどこまで行きつくかでしょう。どこまで生物体をコントロールできるようになるかです。記憶を喪失させる薬なんかは容易につくられるでしょう。女房に飲ませて都合の悪いことは忘れさせる(笑い)。ある人の記憶を他の人に伝えることもできるようになっているかもしれない。

赤堀 固体が死んで代が変わっても、生命は伝わる、ということはできないものかな。たとえば茅先生の頭脳を全部次の世代のだれかに伝えていくような・・・・・・。

古田 五千年の間に人間社会には大混乱期が一回はあると思う。そのとき人類はほとんど絶滅して「オレは知らんぞ」と穴ぐらにはいっていたような人間だけが生きのび、新しい文明をつくる。

茅 遺伝子を変化させることはどうですか。

赤堀 そう、悪い遺伝子はとりかえて、遺伝病なんかはコントロールできるようになっているかもしれませんね。

――五千年後、カプセル開封に立会う人間はどんな気持ちでしょうかね。

奈良本 さあ、われわれがピラミッドを発掘するときと大して変わらんのではないかな。タイム・カプセルの意味がわかる人たちは、考えようによっては非常に健全な人間でしょう。五千年前の風俗の大リバイバル・ブームが到来して真っ先にミニ・スカート。男子はフンドシが流行の最

――「カプセルを後世に残すのは、私たちに課せられた道徳上の義務であり、またカプセルに収納する“現代”は、その追求過程にある私たちの行為の確認である」――こんな文章が「タイム・カプセルEXPO'70の現代的意義」と題して収納されています。

奈良本 歴史を一九七〇年で切り、そこであらゆる分野を総括したということです。こういう作業はタイム・カプセル以外ではやっていない。「現代」を集約して、完ぺきに語っていると思う。

赤堀 人間の価値基準というものが、これからも急速に変わっていくでしょう。現代は西洋の価値基準が支配的ですが、将来は日本の古い文化が価値の基準となる世の中に戻ってゆくかもしれない。そのとき、現代の日本人の文化的教養を集約した形のカプセル収納物は、価値基準の移り変わりを映し出すよすがになる気がします。

このページの先頭に戻る

※本ページの内容は、タイム・カプセルEXPO'70記録書(1975年3月発行)を引用して掲載しています。社名や組織名など現在とは異なる場合がありますのでご了承ください。


© Panasonic Corporation 2011