パナソニックの社史 |
ここから本文です。 本体 完璧な容器を求めて5,000年という遠方もない年月の間、できるかぎり理想的な状態で物品を残すためには、なんといっても、それを保存するための本体(容器)の検討が重要であった。 どんなきびしい環境下にあっても、壊れてはならないという使命を背負った容器であるだけに、いくつかの独自な問題が持ち上がり、第1回技術委員会から早速討議の対象となった。 まず、大きさについて数度の変更を重ねた。最初、内径2mの球形案が出されたが、その後、長期保存を念頭においた工作の都合上、内径66cmを目やすにしてほしいという開発本部の意見が出た。ところが、収納品数を考えると、もう少し大きくとの要望が選定委員側から起こり、結局、第3回技術委員会で内径1mと決定した。 こうして本体の設計案ほなんとかまとまったが、現実に若干の偏肉構造をもった重量1.74tもの物体を完ぺきに鋳造することは、通常の方法ではかなり困難であった。そこで新しく考案されたのが、特殊反転鋳造法である。つまり、まず正常位で注湯し、注湯口を冷却、湯止めした後、鋳型全体を上下逆さにする。すると、カプセル本体の底部に設けられた押湯部が上部に回転することになり、その圧力で湯が全体にまんべんなく回る。しかも、上部高温の温度こう配となるので、冷却時に発生するガス、その他が浮き上がりやすくなって、鋳造欠陥を防ぐことが可能となった。 本体鋳造と同様に、溶接も重要な課題であった。特に内ぶたでは、中の収納品への熱影響が考慮され、それを避けるため、溶接電流は200A程度の低いものを用いて、ステップビード溶接を行った。これは、ふたの円周上を6〜8等分し、その6〜8等分の1ごとに、不連続に、徐々に溶接していく方法である。しかも本体は肉厚ステンレスであり、溶接部分ごとに強制風冷したので、溶接線に最も近い内壁部でも、その温度上昇に問題はなくなり、当初の目的を果たすことができた。 本体(容器)の開発タイム・カプセルEXPO'70の本体は、いうまでもなく収納品を5,000年間保護する容器である。それは収納品の劣化を促進する湿気、酸素、炭酸ガスその他の有毒ガスや紫外線を絶ち、また地震などの外部衝撃から収納品を守るものでなければならない。言い換えると、機械的に、物理的に、科学的に、強い構造と材質を備えたものでなければならないのである。 技術委員会その他の諸委員会を組織して以来、本体小委員会と開発本部を中心として関連する諸問題について実り多い討議がなされた。その結果、形状、大きさ、設計上の基礎事項、材質、構造、加工方法、溶接方法、品物の収納方法などについて大綱が決まり、1969年2月、本体の設計完了と同時に鋳造準備に入り、同年12月、第1番機の完成をみた。ついで第2番機、第3番機が鋳造され、1970年5月、第4番機の鋳造をもって本体の鋳造が完了した。これと並行して溶接方法、収納用内箱の検討、製作も行われ、その内箱に品物を収納して本体に納め、溶接による密閉が完了したのは1970年12月であった。 形状と大きさ従来のタイム・カプセルで、最大のものと言われているのはウェスチング・ハウス社のもので、約40リットルの内容積であった。われわれはできるかぎり現物を収納するという建て前をとったので、内容積は少なくとも従来の10倍以上を目指して検討することとした。長い5,000年を耐え抜くためには、完成品として、ひずみも少なく一体化したものであることが望ましい。また埋設後の外力に対しても強いものでなくてはならない。これに加えて構造上の問題もあった。 種々の討議の結果、内容積は約50万立方センチメートル(500リットル)にすると決められた。 形体としては、日本が、世界有数の地震国であることを考慮すると、なるべく単純な形が望ましかった。これを考慮すると、なるべく単純な形が望ましかった。これらの点から、形状は、内径1mの球形(つぼ形)と決定された。球形は、同一容積の立体の中で表面積が最小であって、また、壁面には内・外圧が均等にかかり、構造力学的にも安定した形状とみなされるからである。 同時に密閉構造に便利なように、内ぶたを設け、フランジの付いた外ぶたをもった形式となった。埋設作業にも都合のよいように、3個の強固なつり手を備え、3本の足で支えて上下左右に安定して設置できるようにも考慮された。カプセル本体の厚さは上部の比較的薄い部分で35mm、下部の厚い部分で70mm、その間の厚さの変化は連続的である。重量は、内・外の2重ぶたを含んで、本体のみで約1.74tとなった。 材質上述のような形状をとり、密閉構造をとったとしても、なお本体の材質が次のような特性を備えたものでなければ、十分に、タイム・カプセルとしての機能を果たすことができない。すなわち、
などの諸条件を満足するものでなければならない。そして、できれば、わが国で開発されたものであってほしい。この見地から多くの検討がなされ、これらの諸要求を満たす合金として、NTK-22ATの組成をもつ特殊ステンレス鋼が選ばれた。この材料は、骨折接合、人工の心臓弁、高級時計などにも実用化されている高級ステンレス鋼材である。オーステナイト組織のみからなり、加工してα−相が析出することがない。また、ニッケル22%、クロム20%を基調として、含有炭素量を極力減らしかつ、チタンの添加によって、長年の炭素の拡散による結晶変態を防止しようとした合金である。 しかしながら、この合金は、元来、棒、板材として開発されたものであった。われわれの場合、従来の用途とは異なり、内径1m、壁の厚さ35〜70mmの球体に適用するのである。むしろこの場合、ふたを除いてカプセル本体は一体につくり出したい。加工に強いとはいえ、加工は最小限にとどめたい。そこで、カプセル本体はこの組成のもつ特性を保持しながら、鋳造によって作りだすことに決定した。この鋳造化――相当大きな中空球体の鋳造――はまったく新しい試みであり困難な課題の一つであった。しかし、この難問は関係技術陣の苦心の結果、特殊反転鋳造法が案出され、ここに本体の鋳造化が成功した。鋳造したカプセル本体の化学成分(重量%)は次の表に示すとおりである。
なお本体は鋳造物なので、不測の欠陥が存在する可能性があるため、各本体についてIr192のγ(ガンマ)線による欠陥検査を厳密に実施し、合否の判定をして完成品を得た。 気密構造および溶接収納品は現物中心に選ばれているので、たとえば、書物や衣類などのように、酸素、炭酸ガスなどによって劣化の進むものが当然多く含まれる。そのため、全体をいったん真空にした後、アルゴン気体を充填(じゅうてん)することになった。内ぶた、外ぶたの2重ぶた構造がとられたが、それを密封するには、長年月の保存を考えた密封方法を追求する必要があった。つまり、本体(容器)の組成は、炭素拡散によるα−相の発生を、極力防護しようとしたもので、当然、本体(容器)に炭素源を密着させることを避けねばならないということになる。通常よく使用される合成樹脂類の密封用のパッキングは、炭素源になり、といって、金属パッキングも長年月の間の拡散が粒界腐食の原因になる。加えて、ボルト締めは応力腐食の原因ともなろうし、長年月の弾性疲労も考えられる。以上のような検討から、密封には、内ぶた、外ぶたとも電気溶接をもってすることとなった。溶接の技術的な便宜と、後世の開封の便も考え、溶接部にはフランジを設け、その外周縁に特殊な開先形状を設けた。溶接棒には共金(ともがね)を使用して鉛直方向溶接を行った。 なお、溶接に際しては、内容物は熱に弱いものが多いことを考慮し、また溶接時の局所的な加熱によるひずみの発生を極力避けるように十分注意を払う必要があった。そのため、実物を用いた溶接実験を行い、1回の溶接量とその時間においてどれだけの距離にどれだけの熱が伝導するか、溶接技術によってどれだけのひずみを避けうるかなどの重要な要素を考察して最終の溶接仕様を決定した。そして、内ぶた、外ぶた、埋設管とも多層溶接を行った。 内ぶたには、排気、吸気用の管を設け、収納品を納めた後、いったん排気し、アルゴンガスを充填(じゅうてん)して溶接により密封した。 表面仕上げカプセル本体(容器)は、ショットプラスにさらにサンドブラストをかけて梨地(なしぢ)仕上げとした。表示文字については、あらかじめ削り代分の台座を鋳出しておき、彫刻によって行った。この文字板は、細いヘアライン仕上げをした。もちろんこれらの加工にも、応力腐食、粒界腐食に対しての細心の注意が払われている。 内部区画収納品によっては、個別のふんい気調整を要するものがある。また、化学的に同様な性質を示すものはできるだけまとめることが望ましいし、多数の品物の収納作業も容易に行いたい。これらの理由から、29個の内箱を作って分割収納することにした。 内箱は本体と同成分のステンレス鋼の板材の溶接構造とした。そしてその中の3個は特別なふんい気を要するものを収納するため、密閉箱になっている。なお、内箱と本体の間、内箱どうしの間は、金属溶接を避け1局所的な力がかからぬように、アルミナケイ酸塩(Si20-Al203)の繊維からなるセラミックウールをそう入してある。 記録写真中子の造型この段階でもまだ500°Cの余熱 中子の造型作業は細心の注意を要する。 中子の造型鋳造のための中子を造型する。 木型制作でき上がった鋳造用の色鮮やかな木型 中子の造型でき上がった鋳型を乾燥する。 ふたの溶接溶接部にフランジを設け、開先形状とその内部の環状空隙よって亀裂を防ぐ溶接の技術的便宜を図った。 中子の造型鋳型の被前作業を慎重に行う。 |
※本ページの内容は、タイム・カプセルEXPO'70記録書(1975年3月発行)を引用して掲載しています。社名や組織名など現在とは異なる場合がありますのでご了承ください。
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