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タイム・カプセルEXPO'70記録書 概要 収納品リスト サイトマップ パナソニックの社史

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保存技術 5,000年に挑む現代科学

現物主義を基調に選ばれた収納品は、材質の面からみても多種多様であるが、それらの長年月の間の劣化や分解が加速劣化試験法で検討された。その結果に基づいてそれぞれの物品を残す目的――機能を優先すべきか、形だけでよいか――などを考慮して処置した。

すべての収納品は、加熱殺菌、エチレンオキサイドによるガス殺菌、放射線殺菌の3種の方法を使い分けて、殺菌処理を施して収納した。

本体(容器)内のふんい気は、全般的には乾燥アルゴンにしたが、写真フィルム、漆器、種子類など特別なものは、それぞれ必要とする相対湿度に調整し、密閉型の内箱や石英管などに納めている。その他、粉末、塩化ビニル、硫黄製品などのように散逸したり、材質の変化が他の物品に影響を及ぼす恐れのあるものも、一つずつ石英管やステンレス小箱に別に密封するなどの方法を講じている。さらに、同じような性質の物品はなるべく同一の個所に集めて、29個のステンレス鋼板製の内箱に分割収納し、そのうち上述の漆器などのように、特殊なふんい気を要する物品を入れた3個は溶接で密閉している。

映画フィルムの収納は、金調色という長期保存技術の確立で実現し、レコードも金電鋳により形、機能の両方とも残すことができた。磁気テープについては、ベースがポリエステル、厚さ50μの厚手のものが採用され、これも長期保存の可能性が実証されている。

そのほか、放射性プルトニウム(Pu239)から放射されるヘリウムを捕らえて5,000年の時を刻むプルトニウム原子時計も考慮され、収納した。また、マイクロブック化、シリコン板への微細食刻、ステンレス鋼板への文字食刻も行われ、〈日本現代風俗絵巻〉に使われた手すきのがんぴ紙と新岩絵の具、「収納品総目録」に採用された高圧ケーブル用超絶縁紙、児童画の複製に応用されたダイ・トランスファー法カラー写真なども保存技術の探究によって開発、実施された技術成果の1例である。

収納に関する技術

収納品総数は、317件、2,098点に及び、特封、別封の必要のあるものを考慮すると、その実容積は約30万センチメートル、カプセル本体の内容積に対して約60%の容積である。

スペースファクターを考え、しかも相似た性質の品物をまとめて収納するという原則を守るためには、この程度の占積率がほぼ限度であった。収納にあたっては、立体幾何学的考察とともに実際に試行を繰り返し、合理的かつ有効な空間利用ができるように努力した。各収納品のカプセル本体内の位置、つまり、どの内箱に収納されているかについては、別掲の収納品リストにおいて示されている。

収納品については次の点が問題となった。

  1. 選定された品物を5,000年という長い年月に耐えうるよう保存する方法はどうか。すなわち、かび、バクテリア、虫害などを防止するための有効、適切な殺菌、消毒方法。
  2. 材質、色彩などの変化を防止するためのふんい気、密封法。
  3. 選定された品物の中で、どうしても材質劣化を免れないものについての対策。
  4. 5,000年の経年変化に耐えうる新しい記録技術の開発。

これらの問題に対処たるため、技術委員会では、各専門担当委員を中心として生物関係、録音テープ、記録技術、電子ビーム、ゴム関係、プルトニウム原子時計などの各小委員会を別にもち、そこでの討議によって有益な提案がなされた。一方、開発本部は、保存部と本部事務室がその中心となり、前記の委員会、各小委員会の提言をまとめ、同時に松下電器の各研究所を動員し、また外部の研究所に実験を依頼するなどしながら実行に移していった。以下はその概要である。

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殺菌や防じんなどの処理

じんあいは、かび、バクテリアなどの媒体により、劣化を誘発する核ともなる。したがって物体をカプセル内部に収納するにあたっては、清浄空気の室内で作業し、各収納品もその室内において十分清潔にした。

また全収納品は、収納前に十分な殺菌処理を行った。品物によっては、酸化エチレンによるガス殺菌、放射線殺菌、加熱殺菌などの方法を使い分けた。そのうち加熱殺菌は、操作が最も簡単なので、可能なものについてはできるだけこの方法によった。しかし収納物件の中には熱に弱いものが多数含まれていたので、酸化エチレンによる方法が最も多く使用された。

ところが、この方法は、殺菌効果をよく発揮するにはRH(相対湿度)40%前後の湿気と、30〜50°C程度の温度を必要とし、加えて希釈用にフレオン、あるいは炭酸ガスを要した。

これらの湿気やフレオン、炭酸ガスのために、この殺菌操作が品物の劣化の原因となる恐れがあったので、種々の試行実験を繰り返し、その影響の有無を検討した。ほとんどの品物では、その影響が皆無または、はなはだ微弱であることを確認できた。そして、この方法で劣化の促進される2〜3個のものについては、γ線による放射線殺菌を施した。

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収納ふんい気および収納方法

一般に物体の劣化は、熱、紫外線、酸素、水分、炭酸ガスその他の有害ガスによって促進される。われわれのタイム・カプセルは、溶接によって密封された後、後述(180〜181ページ参照)のように地下8〜15mの間に埋設される。したがって、カプセル本体部と溶接部に重大な故障が起こらない限り、外部からの上記の有害物質の影響を避けることができる。しかし、カプセル本体内部に有害な気体が存在、あるいは残留する可能性を考えなければならない。そのため、密封以前にいったん十分に排気した後、乾燥アルゴンを充填(じゅうてん)し、内部は不活性気体1気圧のふんい気となるようにした。全体の乾燥度の保持には、多量の吸湿剤(ゼオライト)を利用した。しかし、中には適当な湿気を必要とするものもあるので、それらについては一つ一つ密閉、調湿して収納した。たとえば、映画を含む写真フィルムおよび漆芸品はRH40%のアルゴンガス、種子類はRH5%前後の空気にしてある。調湿剤にはゼオライトとシリカゲルを併用した。また、水分を伴う品物のガラス封じの場合には普通ガラスの劣化が水分によって促進されるため、溶融石英ガラスを使用した。

なおゴム、塩化ビニル、皮製品などのように、その材質変化が他の品物に被害を及ぼす恐れのあるものは、物品に応じて、ステンレス鋼箔(はく)の袋、プラスチックフィルム、石英管などを使用して別封した。

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収納、保存の基本姿勢

収納品の現物主義を基調とする限り、長期保存を強調することよって現実の姿から遊離することを極力排除しなければならなかった。そこで、収納品の一つ一つについてそれを構成している素材の劣化機構を検討し、加速劣化試験を行って、長年月にわたる変化を推定した。

その結果に基づいて、次のような基本的な要項を設定し、個々の品物の収納条件を定めた。

  1. 少々の変化を避けることはできないが、といってその素材を使用しないと現実から遊離してしまうと思われるもの、たとえば、シャツなどについては現実のものをそのまま収納した。ただし、その劣化機構を勘案して、劣化の防止に極力努めている。
  2. 劣化が認められるが、それがその品物を残そうとする第一義の目的をそこなうほどでないと判断されたもの、たとえば一般に利用されている書籍などはそのまま収納した。
  3. 機能を残そうとするもので、その品物の素材の一部が劣化しやすいと判断されるものについては、機能を変化することなく交換できる素材があれば、そのうちで最も保存性が高いと判断されるものに置き換えて、新しく品物を作製した。

なお総括的には、前述したように、原則として劣化機能の相似たものをまとめて収納し、異種物質どうしの無用の抵触、相互作用をできるだけ避けるように努めた。

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個々の収納品に対する処理

品物の構成素材、製法、劣化機構を検討した結果、相当重大な劣化を予測せざるをえないものがあった。ゴム、塩化ビニルなどの一部プラスチック類、皮革などがそれである。これらの素材を含む品物は、差し支えない限り他の素材に置換したが、どうしても置換不可能、または置換が現実の姿を全然伝えなくなる恐れのあるものが、少数ながら存在した。また、生物のように、全くそのままでなければならない性格のものもあった。これらに対してできるかぎりの保存方法を講じはしたが、上述のように、ある程度の劣化を承知したうえで、あえて収納するという処置をとった。

生物関係

われわれは、できるかぎり生物の生命を後世まで保存したいと願い、種々検討を行った。現在考えられる最善の方法は、零下20〜30°Cにおいて生命を眠らせておくことであろう。しかし、タイム・カプセルEXPO'70は地下8〜15mに埋められ5,000年という年月を自然に静置されることになっており、その温度は15°Cと推定される。(埋設地中の実測値は17.5°Cであった。)したがって、カプセル自身が長年月の間働く動力源を持たない限り、零下20〜30°Cに保つことは不可能である。現状において、コンパクトであって、しかも5,000年間確実に一定の冷却効果を期待できる方策は、見いだすことができなかった。

このように、生命の保存の困難な自然放置の状態では、わずかに、長寿命の代表として認められている、はすの種子、あるいは一部の微生物に期待がもてるのみである。

しかし、30年後の第1回開封の時期における実験的、学間的な試みと、現在の実物の形体だけでも後世に伝わった時の学問的な資料としての価植を思い、あえて、穀類や野菜の種子、日本における主要材木などの種子、また、こうじかび、納豆菌、あおかびなどの有用菌類、ファージとその遣伝因子としてのDNAなどを収納することにした。もちろん、これらはいずれも凍結乾燥、あるいは、いったん低温に保持して乾燥するなどの事前処理を施した後、適当なふんい気に調整した。なお、30年後および100年ごとに開封する第2号機の中には、同一種類を2本ずつ収納した菌とファージ類がある。うち1本を交互に利用して純粋培養し、100年ごとの植え継ぎを企図したためである。また、生物そのものではないが、生命活動に非常に関連をもつ酵素の類も、日本を中心に選定され、収納された。ただし、動物の保存は、上記のような条件でもきわめて困難であるので、形を残す意味で、プラスチックモールドしたこん虫類にとどめることにした。したがって、動物および植物は、書物による記録に負うことにした。

ゴムおよび塩化ビニル

ゴムは、天然ゴムの場合、純粋な材料を使用し、加硫時の管理に十分な注意を払えば長期保存の可能性がある。人造ゴムも同様である。しかし、収納品のうちで、特に社会分野での選定品の一部に使用されているゴムについては、上記のような特別な処理は、実際問題として実施困難であった。したがって、加硫の過剰からくる硫黄の発生を覚悟する必要があるので、個々に石英管に別封して、分離をその中で飽和させるとともに、他への影響を避けるように処置した。

塩化ビニルについても、通常の工程で作られたものは、長年月のうちに可逆剤が遊離したり、分解によって塩素を生ずるおそれがある。これもゴムと同様に別封した。

天然皮革

天然の皮革は、エジプトのピラミッドの造物にわずかにそれらしいこん跡が認められるのみで、その原形は残っていない。動物タンパク質、ヒスティンなどのタンパク質性繊維、ゼラチンなど、複雑な物質が複雑に混合してできあがっているからで、おそらく、その中には、ある種の酵素も含まれており、長い年月の間にはアミノ酸へと分解していくであろうと考えられる。現時点でも、天然皮革の分解を完全に阻止する方策は確立されていないが、20世紀が皮製品を多量に使用した最後の世紀になるだろうという見解から、一部のものをあえて収納した。ただし、今回のタイム・カプセルEXPO'70においては、エジプトのピラミッドの場合に比し、皮のなめしや保存条件が格段に良いと考えられるので、相当の期待はもてるであろう。収納においては分解を考えて一つの小容器にまとめ、他への影響を防止した。

記録媒体

タイム・カプセルEXPO'70は、現物主義を基調としたため、記録の量はそれほど膨大にはならなかった。とはいうものの、映画、録音、書籍を含め、広義の記録類は約100件にのぼった。限られた空間に、われわれが残そうと欲するすべての事象を現物で収納するのが不可能で、少ない空間に多量の情報を盛り込むことのできる記録という方法が必要であったためである。もちろん、1970年現在、書箱、新聞、論文など文字文化の所産は、まだ隆盛であった。これらは論理的には収納現物であるが、保存という見地からすれば、記録類と同じく取り扱えるので、以下に記録という時は、これらを含んだ広義の記録を指す。

さて、記録する方法、手段について大別すると、肉筆によって文字や画をかくことのほかに、彫刻、写真、録音、録画などがある。これら5種の手段の特長を生かしつつ十分活用することを第一義に考えた。1970年代の記録手段の主なものを伝えることにもなるからである。

そのために、それらの手段の有効な媒体となる各素材についての検討が、主として熱加速劣化試験によって進められた。これによって、紫外線その他の外部からの有害気体や物質を絶った場合――つまり、カブセル本体内部の状態で――5,000年間にどのような素材の変化があり、それが媒体としての特性にどのように影響するかを推定したのであった。以下は、それぞれの素材あるいは手段について処埋した経過である。

(1)紙類

洋紙、和紙を問わず、紙の製造工程において混入した微量の酸素や水分は、カプセル本体への収納前の処理では完全に除去することができない。この点は現物で収納する各種の繊維や繊維製品と同様である。したがって、外部よりの酸素、水分の混入がなくても、みずからの中に包含するそれらによって分解する可能性がある。事実、紙の類を120度、2時間程度減圧下で処理した後に、乾燥窒素中で熱処理すると、明らかに紙の劣化が認められる。機械的な強度の劣化とともに色も茶かっ色へと変化し、平均分子量も低下している。

これらの実験から、一般に、長くてある程度太い繊維からなる紙類が、劣化に対して強いことが確認された。われわれが入手した範囲では、特別手すきのがんぴ紙(和紙)高電圧ケーブル用の超絶縁紙(洋紙系)が非常に良好な成績を収めた。インディアン紙がこれに次いだ。いずれにしても、5,000年後にはある程度のかっ色化は免れえない。一方、通常の洋紙では、その機械的性質の劣化、黒化は相当激しいと推定された。

しかし、白地に黒い文字を印刷している限りでは、その文字が消えたり見えなくなるほどには劣化が進まないであろうと考えられたので、通常の印刷物はそのまま収納することにした。この場合、実験の結果、非常に悪いを影響を及ぼすであろうと考えられる表紙やその他の表面処理などは、極力避けるようにした。ただし、色彩の正確さを特に必要とする印刷については、特に超絶縁紙に白色印刷し、これに後述のような強い顔料、染料を用いることにした。「日本現代風俗絵巻」4巻は、特に日本古来の方法によって製作された手すきがんぴ紙を使用している。

(2)顔料、絵の具など

顔料や絵の具についても多くの比較試験を行った。その結果、顔料としては、特に不純物の少ない合成顔料のシリーズに良好なものが見いだせたが、これには中間色が少ないのが欠点であった。絵の具では、新岩絵の具――顔料をガラス中に分散した形式のもの――が最も良好であった。ただし、これも必ずしも色彩の種類が多いとはいえなかった。このようにして、顔料、絵の具の単体を選び出すことはできたが、いずれも、使用する時には、紙その他の上に書くか、印刷するかの方法をとらねばならない。

その際、これらには必すバインダー(分散媒)その他が併用されねばならないし、その他のバインダーも時には必要となる。したがって、色彩のある絵や印刷物の劣化は単体の性質とともに、複合されたものの性質に依存する。印刷の場合ならば、顔料、染料は印刷インクとして考えねばならないし、肉筆画(日本画)の場合には、バインダーとして、にかわと水、助剤として礬(どう)砂(みょうばん)を使用すると考えねばならない。そこで、これら複合体と紙との相互作用の有無を検討したところ、印刷インクは現行のうちで最高級のものを使用すれば問題が少ないことがわかった。一方、にかわと礬砂と紙の相互作用は非常に大きく、なかでも、にかわの低級品はその悪影響が著しいことが見いだされた。そのため、肉筆画では、新岩絵の具を主体に、礬砂をひく量はできるだけ少なく、また、にかわには、最高級といわれる鹿(しか)にかわを用いることにした。なお、肉筆画には、色彩表現の豊かさを求めるため、新岩絵の具のほかに、岩絵の具の中の劣化に強いものや、最純の合成顔料をいずれも少量併用した。

(3)特殊印刷および印写

既製の印刷物は、前述のように、適当な前処理の後、そのまま収納した。また収納空間の関係で、文章をそれほどマイクロ化する必要がなかったため、1970年代の印刷・印写の技術水準を示す意図のもとに一部のものがマイクロ化されたにとどまった。

マイクロ化についての議論の過程では、電子顕微鏡的なきわめて微細な文字を刻む技術としての電子ビーム露光法も検討された。なるほどこの方法は、1970年現在で可能な最高技術であり、25mm角のシリコン板上に通常の印刷物約100ページを書き込むことも十分可能であった。しかし、まだこの方法は一般化されていず、その再生読み取り装置も膨大であり、またこのタイム・カプセルには、それほどの微細文字を必要としない。結局、現在一般的に行われている技術を用い、電子顕微鏡的文字よりもむしろ肉眼で見える程度、もしくは少なくとも通常の顕微鏡の拡大率で十分な程度にすることに決めた。そして、この種の代表として、(イ)ステンレス鋼板上への微細食刻(腐食印刷)、(ロ)マイクロブック、(ハ)シリコン板上への微細食刻(ニ)マイクロフィルム、の4者を選んだ。

このうち、(イ)ステンレス鋼板への微細食刻は、肉眼的な文字印写の一例であり、「現代風ロゼッタ石」として、国連公用語――中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語――に日本語を加えた6か国語で刻み、後世への一種のキー・ワードの意味をもたせた。モニュメントのすぐ下に埋設した、タイム・カプセルの開封解説書もこの方法によった。

また(ロ)マイクロブックは、紙に印刷するという技術を最高度に発揮したものとして採用した。技術上は文字の大きさが0.1mmぐらいまで容易であるが、今回は特にそこまでの必要性がないので、通常の印刷物を1/4程度に縮小するにとどめた。

いわば虫眼鏡的縮小率である。用紙はインディアン紙を用いた。

(ハ)シリコン板への微細食刻は、1970年現在、電子部品として急激な発展を遂げつつある集積回路(IC)の技術を最高度に活用して作製された。これによって一部の文章がシリコン薄板の上に縮小印刷された。この縮小率は、技術的にはきわめて大きくできるのであるが、この場合にも顕微鏡的縮小率にとどめた。

(ニ)マイクロフィルムは、すでに絶版となっている書籍の複写、あるいは一部の説明書や図面など、特殊な場合に採用した。フィルムの保存のための特殊な処埋法については次項に述べる。

(4)写真類

解像度、階調などの点からみて、銀塩フィルムに勝る他の種類の写真フィルムは、1970年現在においては、工業製品として一般化されていない。ところが、この銀塩フィルムには、銀のバインダーとしてゼラチンが使用されており、このゼラチン以上のものはまだ見いだされていない。ゼラチンは完全乾燥すると、脱水、収縮してひび割れを生じたり、フィルムベースからはがれたりするので、銀塩フィルムを保存するためには、相対湿度が少なくとも30%以上であることが望ましい。したがって、フィルム類は、前述のように調湿して収納した。

ところが、この湿度は、現像・定着されて像の形成に関与している銀の微粒子に重大な影響を及ぼす。すなわち、銀は、水分の影響とゼラチン内にわずかに含まれているであろう酸素との相互作用の結果、年月を経ると黒化部に透明な班点を生じる。いわば、長年の問に、像が変化し、消えていくことになる。水分がこれを助長するために銀塩フィルムの寿命は、長くて500年程度、短ければ200年程度しか期待できないというのが定説であった。水分の存在下に銀塩フィルムを5,000年という長年月保存するためには、根本的な処埋が必要となった。

このために施されたのが金調色処理(Goldltreatment)である。すなわち、銀塩フィルムを現像・定着処理した後、金溶液の槽(そう)に通し、フィルム上の銀粒子またはその粒子表面のある程度の深さまでを金に置換することによって、前述の銀粒子の酸化による透明化を防ごうとしたものである。もちろんこの場合、フィルムベースは水に強いポリエステルで構成してある。この金調色法の開発、使用化によって、写真フィルムの耐久力は大いに向上し、マイクロフィルムによる複写、映画フィルムの収納に光明を見いだすことができた。特に、動的なものの代表としての映画フィルムの収納が可能となったことは、技術上からみても、一つの収穫であった。

しかし、この方法は、化学的な処理を2度3度と行うために、印画紙のように薬品や水分を吸収しやすいものには運用が困難である。水洗に労多く、結果もポリエステルベースのフィルムに比べて期待し難い。したがって、印画紙を用いることは極力避け写真類はスチル写真も含めて、すべてマイクロフィルム化して収納することにした。

なお、文字を主体にしたものは、(ネガ)で、スチル写真は、陽画像(ポジ)で収録した。これは、形や姿を主体とした画像に比べて、文字の場合には、万一の劣化欠損がポジにおいては重大な誤読のもとになる恐れが多いと考えたからである。金調色処理は、もちろんカラー写具に対して適用することはできない。1970年現在に用いられているカラー写真のフィルム、印画紙ともに、長くて50年、短いものは10年程度でひどい退色がある。それは、写真用に通常採用されている染料がきわめて弱いことに原因があるが、といって、量産的に強い染料を使用したフィルムを製作することは、技術上はなはだ困難であった。そのため、通常のカラー写真は断念せざるをえなかった。

しかしながら、1970年現在は、映画といい、テレビジョンといい、カラー化の時代であるので、何らかの形でカラー写真の実例は残しておきたかった。そのため、ダイ・トランスファー法を用いて、カラー写真の現代の最高水準を伝えることにした。

これは、写真と印刷の中間ともいうべき方法であって、3色に分解して撮影した3枚のネガを下にして印画紙陽像上に、1色ずつ強い染料、顔料で重ね染めしていく方法である。劣化試験による推定では、長い年月の間の退色量が非常に少ない。入念な仕上げと水洗によって、小・中学生の描いた5,000年後の想像図の原寸大の複製などに適用された。この絵は、通常の画に、通常の水彩絵の具で描かれていてとうてい長年月の保存は望めなかったが、ダイ・トランスファー法カラー写真の適用で、われわれは、その絵の描かれた当時の姿を忠実に後世の人びとに伝えることの可能性を見だすことができるようになった。

(5)録音

われわれは、1970年現在、音の保存に関して3種の方法を実用している。一つは映画などにみられる(イ)光学的録音であり、次は(ロ)磁気録音、そして(ハ)レコード盤である。一般家庭で音を再生して聴く時に、通常はレコード盤と磁気録音テープによるものが相半ばする情勢で、それも、音楽はレコード、その他はテープで、というのがだいたいの傾向であった。このカプセルにも、音楽、人の声、動物の鳴き声から雑音まで、もろもろの音が収録されている。これにあたって、やはり、1970年代の録音技術の大勢をできるかぎり取り入れようと考え、上記3種の方法についてその保存性の可否を十分に検討した。

その結果、(イ)光学的録音に関しては、金調色すれば、やや音は硬調、つまり少し陰影に欠けるようになるが、一応聞くためには差し支えなく、保存が可能であるとの見通しが得られた。したがって、映画に付属する音は、その映画フィルムの一部に、現在使われているトーキー手法を用いて焼き込むことにした。

(ロ)磁気テープについては、テープがよいか、ワイヤー録音がよいかなど、多角的に検討された。磁気録音の媒体素材であるγ−酸化鉄に記録された磁気は岩石磁気の例からみても、非常に大きな磁気変動が外部から加えられない限り、数百年はおろか数万年以上も保持できるであろうと推定される。したがって、磁気録音テープは、そのγ−酸化鉄を分散しているバインダーや、テープとしての形を保持しているフィルムベースが十分保存できれば、長年月の音の保存には好適なものであることがわかった。ベースをポリエステルに代え、精製されたバインダーを用いてテープを作り、ここでも熱加速劣化の方法を活用して、録音としての寿命を椎定した。それによると、可聴周波数を問題とする限りにおいては、35,000〜60,000年ぐらいにわたって、録音レベルの低下は、10kHzで2〜3dbにすぎず、またこの低下は主にバインダーの機械的性質の変化に起因することがわかった。いずれにしても、このような特別製のテープを使用すれば、音の保存はまず可能であるとの結論に到達できた。なお、長年の間に、巻かれたテープの層の間で磁気的な転写のあることを避けるため、ポリエステルベースの厚さは50μとした。

ただし、この実験結果から、テープの機械的性質の変化のために生ずる高周波側での変動を避けることが困難であるので、より機械的性質の厳密さと、より高周波の動作を必要とする磁気録画に関しては、自信をもって保存しうる方策がなかった。したがって、テープ録画の方は採用していない。

(ハ)レコード盤は、1970年現在、昔のシェラック板から塩化ビニル板に変わりステレオ・ハイファイとしてちょうほうされていた。だが製作の工程上、この盤は数多くの充填(じゅうてん)物を含み、また塩化ビニルには可塑剤を含むのが通常であったので、長年月の間には、これらの充填物や可塑剤の分離によって非常に雑音が多くなると推定された。したがって、現行のレコード盤は、保存には不適当であるが、社会的な見地からも、ステレオ・ハイファイの立て役者となった技術的な意味からも現在重要な位置を占めており、その形態、機能はぜひとも残しておきたかった。そこで、少数ではあるが、ニッケルをメッキして製作したレコード盤を収納することにした。

このレコード盤は、現行のレコード盤と全く同一の形態、機能を備えており、なお耐食性に万全を期するため、金電鋳を施してある。もちろん、この金電鋳の層をつけたままプレーヤーにかけても、ステレオ・ハィファイの音が再生されるようになっている。

(6)計器類

われわれは、われわれの記録が5,000年の間、できるかぎり次々にフォロー・アップされていくことを望んでいる。しかし長い年月のことであり、また不測の出来事から、そのフォロー・アップが断たれることがあるかもしれない。あるいは地中の出来事が十分に地上に伝達されていないかもしれない。現在非常に一般的と思われているもろもろの機器も、未来にはまったくその形態、形式を変えているかもしれないしそれについての科学的な予測も不可能である。この意味を含め、われわれは2、3の計測器の類と、記録を再生する再生機器の原理図を収納しておくことにした。

(イ)温度計

地下8〜15mの地中に埋められたタイム・カプセルは、17°C±1°Cに保持されているであろうと期待できる。しかし何らかの外部的な影響が起こるかもしれないので溶融石英ガラスのチューブで気密を保ち、さらにステンレスの箱に入れて2重に防護した最高最低温度計を、カプセルに近接して設置することにした。これによって、カプセルが経験した異常な温度の足跡を知ろうとしたのである。

(ロ)プルトニウム原子時計

5,000年という時間的な経過を歴史のうえで、あるいは暦のうえで知ることのほかに、現在の科学水準の端的な応用として、原子の核壊変の時間的変化を基準にした時計を収納することにした。それは新しく考案、開発されたプルトニウム原子時計である。これはPu239からの放射によって発生するHe(ヘリウム)の量をベローズの膨張として捕らえ、経過年数指針の動きにより直読する形式のものである。所要量のPu239(時計1個あたりPu239として1gに相当する酸化プルトニウム)は、それぞれ厚さ1μの金箔(きんぱく)10層に包んで6個の無酸素銅製小容器中に納められ、次に、その6個の小容器を1個のべローズ内に収納している。そして、ベローズ内は1気圧のHeが満たされている。Pu239の放射するα粒子は金箔を通過することによってHe原子となり、ベローズ空間に広がって行く。この広がりを圧力として捕らえ、経過年数を目盛りで読み取れるようにしてある。ただし目盛りは、27°Cにおける経過年数の表示である。

なお、上記の原子時計のほかに、Pu239単体を酸化プルトニウムの形で収納した。

これが壊変してU(ウラン)になることを利用し、後世の人びとが、生成Uの量を測定して経過年数を知ることができるようにと考えたものである。

その他、1970年現在、考古学的な過去の時間測定によく用いられる放射性炭素C14も収納することにした。この炭素の半減期は5,568年とされているが、5,400年という説もあり、現在まだ確定していない。長年月を経たC14が、はたしてどちらを正しいとするか、興味ある試みである。

以上のようなものを記録媒体として収納したが、現物収納の原則上、現行のもののうちで、最も形の小さいもの、しかも機器の類はごく少数を選んだにすぎない。そのため、マイクロフィルムを見るための装置、映画として再生する装置、磁気録音の再生機、音・声の再生という類は大型すぎて、とうてい収納できなかった。そのままではわれわれがどうのように取り扱っていたかを、後世の人びとに具体的に知らせることができないので、それらの再生機器、装置の原理図を残して、その目的に当てることにした。

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記録写真

収納実験

2、098点という数多くの収納品を、限られた球状の本体(容器)に効率良く詰めるために、29個の内箱模型を作って、何度も分割収納の実験を行った。

収納

収納機を使って、収納品の入った内箱をいよいよ本体へ納める。

収納

収納品の入った本体にアルゴンガスを充填するに先立ち、内ぶたの排気管から内部の空気を抜いて、まず真空にする。

精密微細食刻

集積回路(IC)の技術を高度に活用したシリコン板への微細食刻は、一部の記録用印刷物に用いられた。

劣化実験

長年月の間に絵の具や紙は、どのように退色するかを見るための強制劣化実験。

劣化実験

劣化実験の結果、金属や紙の組成がどのように変化したかを電子顕微鏡で観察。

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※本ページの内容は、タイム・カプセルEXPO'70記録書(1975年3月発行)を引用して掲載しています。社名や組織名など現在とは異なる場合がありますのでご了承ください。


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