INTERVIEW
堀 優花選手
Hori Yuka since 2015
2015年パナソニック入社。
岐阜県高山市に生まれ、中学生の時に陸上競技に出会う。
中学ではハンドボールと陸上の二刀流。
高校では陸上の強豪校に入り、個人・チームとしても勝つことに熱中した。
パナソニック入社後は自身が発言したことは必ず実行し、日本代表・駅伝ではエースの一人として駆け抜けた。
(インタビュアー:伊藤南美)
陸上競技を始めて15年、
パナソニックでの9年間を振り返って
感じたことや思い出とは
走ることと出会って
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伊藤
陸上を始めたきっかけを教えてください!
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堀
中学生の長距離走でいいタイムで走り、当時の陸上部の先生から、駅伝・トラックを走ってみないか、と言われたことがきっかけかな。
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伊藤
ハンドボール部に所属していたと聞いたのですが……続けていたのですか?
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堀
ハンドボール部にも所属しながら、午前は陸上、午後をハンド、午後は陸上、夜をハンドなど両立してたよ~。ただハンドはレギュラーになれなくて、そこからは陸上が優先になったかな。
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伊藤
そうだったんですか!すごく大変そうです……高校でも陸上を続けるきっかけになった出来事はありますか?
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堀
当時は陸上よりもハンドをやりたかった。でもその時に、ジュニアオリンピックの3000mに出場して9分35秒を出して、岐阜県の中学記録を作ったの。作ったけど次の組に同じ岐阜県出身の選手がいて、9分27秒を出して記録を抜かされちゃった(笑) 10分間だけ県記録を持ってた。
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伊藤
え!聞いたことなかったです。10分間だったとしても……!!
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堀
その時に悔しい、と思って、陸上を本格的にやりたいから優勝するために高校を選んだんだよね。
インタビュー時の優花先輩
恥ずかしそうだったが丁寧に教えてくれた
パナソニックでの9年間
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伊藤
パナソニックに入社するきっかけを教えてください〜
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堀
高校の時から陸上をやらないという選択肢はなかったから、その当時誘っていただいていた中の1つが実業団がパナソニックだったかな。とにかく陸上をやりたかったから環境が充実してる場所でやろうと思って!
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伊藤
実際入社してからどうでしたか?
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堀
入社1年目の時に、偶然誘っていただいた中の1つであったチームが優勝で、パナソニックは10位。私は付き添いでそれを目の前で見ていて「なぜ私は優勝した選手を眺めている側なのだろう?」
すごく嫌だな、強くなりたい、パナソニックでそこまで行きたいと思うようになった。
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伊藤
そうだったんですね……また聞いたお話なのですが、駅伝後の閉会式ですごい意気込みを言ったとか。教えてください^^
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堀
なんで知ってるの〜!? えっと、2年目のときに2区を走ったんだけど、シード権がとれなかったんだよね。その時の閉会式で「私が来年エースになります」と言ったことかな?
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伊藤
そうです、そうです!そのお話を聞いたとき、優花先輩はやっぱり有言実行の人だ、って思ったんです。
実際に翌年のクイーンズ駅伝で3区を走り、見事区間賞・チーム総合優勝と、悔しさを笑顔に変えましたよね! -
堀
(ニコニコ)
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伊藤
競技を続けていく中で、苦しい時つらい時があったと思います。どうやって乗り越えたのか、後輩や陸上をしている中高生に向けて教えてほしいです。
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堀
私は心に秘めて置けるようなタイプでは無かったから、家族や、友達とか周りに話して、頼るようにしてた。例えば、メンタル的に苦しいときは、親とか友達で、トレーニングや脚とか怪我は病院の先生やトレーナーさん、OG、スタッフの方に話したり相談してどうにかしてたと思う!(笑)
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伊藤
なるほど、その時の状況?によって話す方を変えていたんですね。
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堀
そう。話せないままにせず、言う。勇気がいることかもしれないけど、自分が乗り越えるために人に頼るのはよかったかな。一番はひとりで抱え込まない!そうだよ⁉
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伊藤
はい!(笑) 人に頼るですね!
それこそ、チームの中ではどうだったのでしょうか? -
堀
チームの中は、お互いに近い存在で高めあっていく存在だったから、気を張る面があったかな。その中で、もし頼ることに繋げるなら、一緒に入社した同期や親しい選手、横の繋がりに話していけるか。
チームで、となった時は、もちろん縦の繋がりが大切で、それがチーム力になるけど、自分のメンタルや支えになってくれたのは横の繋がりだと思う。それは後輩たちに伝えていきたい。 -
伊藤
パナソニックでの一番の思い出を教えてください。
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堀
一番を絞りきれなくて(笑)。走りの中だと、駅伝では2018年クイーンズ駅伝優勝、区間新、MVPを取ったことで、まさかMVPとは思わなくて走る前もニコニコしてたんだよ。
トラックは、2017年アジア陸上競技選手権インド大会で、2位で銀メダルをかけてもらって日の丸を背中に広げたとき。
でも試合に行って楽しかったのは、世界クロスカントリー選手権大会(2017年) ウガンダで、コースも環境もきつかったけど、行ったことない国・普段の試合とは違うメンバーが楽しかった。
苦しかったことは、2021年クイーンズ駅伝の4区区間最下位。走っているときの記憶がほとんど無くて、後ろから抜かれていったことは覚えてる。
悔しかった試合は、アジアでの大会に3回出場したなかで、アジア競技大会のドーハで7番だったとき。本当に調子が良かったのに本番で力を発揮できなくて、日の丸を背負って日本代表になったのにって。順位がよくなかったから、もったいなくて悔しかった。
日常的な思い出としては、実業団連合合宿とか大きな合宿で他チームの先輩後輩、同期の知り合い、友達ができたことかな。 -
伊藤
先輩は全国に知り合いがいるんですね、羨ましいです。
こうして聞くと1番を決めるのは確かに難しいですね(笑) -
堀
そうなの!その中で強いて言うなら、特に今でも鮮明に思い出せるのは、アジア陸上競技選手権のインド大会かなあ。表彰台と日の丸は本当に嬉しかったから!
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伊藤
やっぱり嬉しいですよね!表彰台からの景色とか、日の丸なんて人生でなかなか背負うことないですよ。先輩はすごすぎます。
2019年クイーンズ駅伝3区区間賞
2017年アジア大会ドーハ
誕生日ケーキと♡
2017年度実業団アスリート賞受賞
歴代のメダルたちと
監督からスイカを頂いた5ショット
競技生活で得たもの
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伊藤
競技を通して得たもの、自分が成長したなと思う部分を教えてください。
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堀
人との繋がり……かな。陸上を通して繋がりが大切だなって。
選手でいる以上、走れることが当たり前で、怪我をしないで走れている時とかは、良い意味で自分軸になって走りに集中できる。悪い意味では自分勝手で、自分が走れればいいみたいな、自分中心の考えだった。 -
伊藤
おぉ……自分軸だったり自分中心と言うのは、私もわかる気がします。
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堀
そうそう。でも怪我をして、走れることが当たり前じゃないって思うようになった。
怪我をすると周りを見るようになるから、支えてくれている人の気持ちにより意識して感謝しようと思ったの。
走れることも、人との繋がりも当たり前ではない。全て支えられているんだなって。 -
伊藤
先輩は沢山の方から話しかけられても、すぐに話を出来てかっこいいなと感じています。そのようなコミュニケーションも、人の繋がりを大切にしているから上手なのでしょうか?
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堀
うん。自分が走ってるから出会えた人に声をかけてもらえたけど、それは当たり前じゃないから。1年目と今を比べてたら変わったかな。
自分のために走るって考えだったから、人のために走るというのが綺麗事だと思ってた。でも、怪我をしたときに自分のためではないなって。周りが見えた時に支えてくれる方がいて、走る事だけに集中してた時には見えなかったスタッフの方々からの支えに気づいた。結果は出すことが当たり前だけど、それは周りの人からの支えがあってこそだって。
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伊藤
先輩、かっこよすぎます...!!!
2023年アメリカ・アルバカーキ合宿にて地元の大会に出場し、走り終わった後の瞬間
今年のアルバカーキ合宿で夕日を見る
早紀子先輩と優花先輩
今年のアルバカーキ合宿
引退レースとなった青梅10㎞
大切にしていること
今年のクイーンズ駅伝で、昨年引退された前キャプテン詩織さんと。どんなときも一緒に乗り越えてきたかけがえのない関係。
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伊藤
最後に、大切にしていることを教えてください。
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堀
大切にしてることは、やってもらったことに「ありがとう」、「ごめん」を言えるようにすること。
1年目は怪我をしていたから、駅伝の付き添いを始めてやったの。今までは走る選手として集中してたから「ありがとう」とは思っていたけど、付き添いを経験したことで、より一層ありがたみが分かるようになった。 -
伊藤
そうだったんですね。特に駅伝は付き添いの選手の存在は大きいです。
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堀
そう!分かるようになってから、走る側になっても、付き添いの方を含め応援にきてくれた人、スタッフに試合が終わった後とやってもらった事に「ありがとう」って絶対に言おうと思った。自分が大切にしていることだから最初は意識していたけど、今は当たり前になったよ。
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伊藤
私も先輩の考え方を見習いたいと思います!
インタビュー答えてくださりありがとうございました。
INTAVIEW FINISH.
今回のインタビューを終えて
優花先輩が今年引退されるということで、昨年度引退された詩織先輩にインタビューしたときを思い出しながら、今回の質問を考えました。
優花先輩の存在を知ったのは私が中学3年生の2019年の都道府県対抗女子駅伝です。その時に私が8区、優花先輩が9区アンカーで襷を繋ぎました。
そのような偉大で頼もしい選手と襷をつなぐことが出来て本当に嬉しかったですし、私自身がパナソニックに入りたいと思うきっかけになりました。
今回のインタビューでは、そんな頼もしい先輩の土台となった競技人生について、お話が聞けて良かったです。
競技をすることは当たり前ではなく、沢山の人の支えで走れていること、ありがとうと言葉にして伝える姿勢を私も見習いたいと思います。
また、人との繋がりを大切にしている先輩との出会いが“襷を繋ぐ”ことから始まり、こうして“自身の経験を繋ぐ”という縁に感謝したいと思います。
伊藤 南美