フィンランドのモダンデザインの原点を築いた国民的建築家エリエル・サーリネン(Ⅰ873-1950)を紹介する、日本で初の本格的な展覧会を開催いたしました。
展覧会は、6つの章立てでフィンランド時代のサーリネンの作品と活動に焦点をあて、図面、写真、家具や生活のデザインなど作品資料217点を展示。
プロローグ「サーリネンの建築理念を育んだ森と湖の国、フィンランド」は、ジャン・シベリウスの交響曲「フィンランディア」をBGMに、サーリネンの創作に影響を与えた民族叙事詩「カレワラ」で幕を開けました。
第1章「フィンランド独立運動期―ナショナル・ロマンティシズムの旗手として」では、デビュー作となった1900年パリ万国博覧会フィンランド館を中心に、ポホヨラ保険会社ビルディングや国立博物館の建築に顕著な、ナショナル・ロマンティシズムと称される民族のルーツを希求した初期のスタイルを紹介。
第2章ではサーリネンと協働していたゲセリウスとリンドグレンと共に、郊外の湖畔に築いた事務所兼住宅「ヴィトレスク」をとりあげました。ヴィトレスクのサーリネン邸のダイニングルームは原寸大で再現し、サーリネンが手がけた椅子や生活回りのデザインの展示と組み合わせました。さらには彫刻家からテキスタイルデザインに転向したサーリネンの夫人のロヤの仕事も紹介しました。
第3章「住宅建築―生活デザインの洗練」では、サーリネンが手がけた集合住宅や邸宅5件を紹介し、ヴィトレスクと併せて、総合芸術としての近代住宅の魅力に迫りました。
第4章「大規模公共プロジェクトーフィンランド・モダニズムの黎明」は、ヘルシンキ中央駅を始め、国会議事堂計画案や住宅開発計画、貨幣のデザインなど、フィンランドの独自性を表現した新しいモダニズムをサーリネンが見出していく展開を追いました。
そして「エピローグー新天地、アメリカ-サーリネンが繋いだもの」では、シカゴ・トリビューン本社ビル計画案をきっかけにアメリカに渡る後半生の仕事にふれました。自然のなかに造形の本質を求めたサーリネンの表現は1923年の渡米後も一貫しており、クランブルック・エデュケーショナル・コミュニティーなどで発揮され、さらに息子エーロ・サーリネンに継承され、アメリカのミッド・センチュリーデザインにつながっていきます。
会期中にはフィンランドセンターとの連携で、ウィルヤネン所長によるオンライン・レクチャー「1900年パリ万国博覧会フィンランド館-芸術家たちのネットワークと込められたメッセージ」を開催しました。1900年当時最先端の国際的なアートシーンにおけるサーリネンとフィンランド館の位置づけを詳細に語っていただき、国内外から多くの方々が視聴しました。
久保都島建築設計事務所が手がけた会場デザインは、光があたると白く染まるという伝説のあるヴィトレスク湖をイメージした静謐な空間となりました。コロナ禍の影響を受けながらも、企画会社キュレイターズの熱心な交渉の結果、フィンランド国立博物館、フィンランド建築博物館、フィンランド・デザイン・ミュージアム、ヘルシンキ市立博物館、ガレン=カレラ・ミュージアムの協力を得ることができ、エリエル・サーリネンのフィンランド時代の貴重な作品資料をご鑑賞いただくことができました。