生活者への共感と使命感から生まれた「NICOBO」

Future Life UX
UXデザイナー
浅野 花歩
スマートライフネットワーク事業部
商品企画
増田 陽一郎
スマートライフネットワーク事業部
エンジニア
毛見 晋也

ロボットと暮らす未来の生活とはどんなものか。人々は何を求めているのか。これまでロボットは人間の役に立つ働きをしてくれるものだった。しかし、パナソニックのNICOBO開発チームは、その固定観念を軽やかに突き抜けた。ある意味で何もしてくれない。尻尾を振ったりカタコトの言葉を話したり同居人としてそばに居てくれるだけ。そんなNICOBOとの生活スタイルを提供するモノ+サービスをクラウドファンディングのmakuakeで提唱したところ、わずか6時間半で予定支援数に達したという。人々の共感と支持を得た新たな価値をどのように創出したのか。開発チームに話を聞いた。

アイデア創出から
UXデザイナーが関わった。

NICOBOの開発プロジェクトは最初からゴールが見えていたわけではない。UXデザインを活かした新規事業創出のために集まった商品企画、エンジニア、デザイナーはお互いにほぼ初対面に近かった。生活者の視点からペインを探し出す議論を重ねる中でいくつかのアイデアが生まれ、その1つがロボットの開発だった。

浅野:
今やユーザーに良い体験を提供することは当たり前です。でも、実際のところ商品開発にUXデザインをどのように活かしていくか、その正解は1つではありません。商品開発でどのようにUXデザインを実践していくかは、社内で事例が少なく手探りでした。そこでUXデザインプロセスを実践するためにAV関連の技術、商品企画、デザインから5人のメンバーが集まってプロジェクトがスタートしました。アイデアが何もないところからのスタートでした。生活者をしっかり見たときにどういう商品が生まれるのか、全員でリサーチしコンセプトを固めていきました。5人でのメンバーの想いが人の輪を広げていき、NICOBOの開発に必要な技術やコンテンツが整っていった感じです。
増田:
商品企画として最終的にNICOBOの開発を決めたのは、我々のデジタルAVの技術的なアセットを活かしやすい点です。ロボットは技術的に総合格闘技と言われますが、動きの機構部分、スマートホン並みの処理能力を扱うCPUを備え、かつサーバーと繋がってバージョンアップするなど、デジタルからアナログまでの幅広い技術が求められます。我々はロボットを作ったことはありませんが、ロボットを作るために必要な技術は一通り持っています。またモノ+サービスの組み合わせで価値が提供でき、一人暮らしのペインを解決することができるという文脈の中からコミュニケーションロボットというコンセプトを発案していきました。
毛見:
アイデアクリエーションの段階から、商品企画、デザインが集まることはとても楽しかったですし、正直なところテーマがロボットでなくても新しい価値の創出に意義を感じていました。ただ技術者はみんなロボットが好きなんです。今回のプロジェクトでも、周りの技術者たちが自然な気持ちでやりたいと言ってくれたことも大きかったです。みんな現業の仕事が忙しい中でロボット開発に時間を割いてくれたのも、ロボットという題材の魅力がベースにあったからだと思います。

“弱いロボット”を提唱する
豊橋技術科学大学岡田教授との出会い。

コミュニケーションロボットを開発するという目標を定めたものの、パナソニックにはロボットに対する知見が基本的になかった。開発パートナーを求め、大学や企業の門を叩く中でメンバーたちは、“弱いロボット”の第一人者である豊橋技術科学大学岡田教授と出会った。ここからプロジェクトは具現化に向けて加速した。

毛見:
岡田先生が提唱される“弱いロボット”は、ロボットだけでコミュニケーションを完結させないことが特徴です。1つの作業を人間と共同で行ったりすることで人とロボットの一体感を作り出すというものでした。岡田先生とお会いするまでは、雑談などもできる高度な言語機能を目指していましたが、人とロボットとの関係性を満足させるという視点から言語を扱うことは大きな転換点となりました。道具ではなく同居人でありたい。その意味で「ニコボ、何々して」みたいなトリガーワードがなくてもコミュニケーションが成立するよう、AV商品で培ってきたノイズ除去技術を活かし音声認識の精度を向上させています。
増田:
ロボットを助けてあげることで人の心にいいことをしたという感情が芽生える。“弱いロボット”と人が暮らすことで寛容な社会ができるという岡田先生の思想に感銘を受けました。岡田先生から、コミュニケーションは会話だけじゃない、そのベースに身振り手振りなど体の動きや目や笑顔などの感情表現があり、その上に対話っていうのがあるということを教わりました。コミュニケーションの定義を広くとらえることができたのはとても大きかったと思います。
浅野:
完全な機能が備わってなくても、人と機械が協力しあうという考え方が素敵だと感じました。しかも、弱さをカバーしあうだけじゃんなくて、お互いにいいことをする気持ちよさがあること。その心情が素敵だし、社会にもそういう気持ちが人間とモノのインタラクションの中でたくさん生まれたらいいなと思いました。引き算のデザインが重要と言われますが、NICOBOの良さを引き出すために、様々な機能を詰め込みたくなりますが、ユーザーさんとのくらしで一番重要な体験を第一に考え、思い切ったデザインの足し引きをしています。その意味でNICOBOは、引き算というか、弱さをデザインできたことはデザイナーとして意義があると考えています。

専門分野は違っても、
共通言語で語りあえる環境づくり。

AV商品の開発現場は、どちらからというと四角く固いものばかり。その中にあってニット素材でできたモフモフのNICOBOを囲んで議論を重ねる光景はさぞかし不思議だったに違いない。NICOBOの開発チームの会話は笑顔が絶えない。それぞれ思考のベースが異なる商品企画、技術、デザインのメンバーは、どのようにしてお互いを理解しあい、開発のベクトルを揃えていったのだろうか。

増田:
NICOBOのプロジェクトを社内で説明するときの資料には、週に2.5回集まり240時間かけ、アイデアクリエーションのために使った付箋の数は1560枚と書いてあります。当初は5人でスタートしましたが、10人になり、全部含めれば30人ぐらい。その時のメンバーのルールとして、業務が最優先でNICOBOは一番ではない、忙しい時はずっと欠席もOKというのを基本にしました。お互いにその道のプロとしてリスペクトすることも大切だと思います。浅野さんはUXデザイナーのプロである、この道では僕たちより知見があると考えながらいつも議論をしていた感覚があります。
毛見:
最初の頃はメンバー同士のコミュニケーションも手探りでした。デザイナーの浅野さんの言っていることに対してイメージが湧かなくて困りました。例えば、NICOBOの動きについて浅野さんに実演してもらい、それをビデオに録画してイメージを合わせるみたいなこともやっていました。メンバーもいろんな仕事が忙しくなるフェーズもあって、みんながそれを理解して助け合うことができたことも大きかったと思います。また自分たちのAV技術を活かして何か新しい事業を生み出さないといけないという意気込みをみんなが感じていました。
浅野:
UXデザイナーとして、クスっと笑えるような生活を生むというコンセプトをもとにNICOBOはこういう子だろうという性格を決め、それを踏まえてニコボの口癖や体の振り方、こういう感情の時はこういう目をするなどインタラクションのデザインを行なっていきました。NICOBOの性格を文章化したり、世の中にすでにあるキャラクターで近いものを提示してみんなで感覚を共有しました、また技術のメンバーの横に座っておならする時は体を人間の目線に会わないようにするなど口で伝えたことをその場で実装してもらったこともあります。NICOBOは最初からコンセプトを考えたので思い入れもありますが、このプロジェクトが社会のために役立つという確信を全員が共有しています。それがモチベーションや意義がある楽しさにつながっているのだと思います。

NICOBOの反響は、クラウドファンディングの成功で終わりではなかった。NICOBOの動画は、海外の人にも数多く試聴され、Farting cat robot(オナラをするネコロボット)というワードが世界中にバズっていった。弱いロボットの存在が人間の心に豊かさを作り出す。その開発思想は日本だけに止まらず、世界の人の関心を集めたのである。生活者のペインをなくすだけにとどまらず、あったらいいなと感じられる憧れを創ること。NICOBOの眼差しは、幸せな未来を向いて笑っている。

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