空間を溶け込ませる。壁や床さえ感じないように
萩原 空間設計については、かなりいろいろなディテールにこだわれていましたが。
尾崎 異なる材質の接地面に目地をとること。例えば、壁はクロスや紙、床はフローリング、石、カーペットなどいろんな材質があります。普通は、壁と床の接地面はクロスを裁ち切って仕上げますが、いかに腕のいい職人さんでも多少グニャグニャするんですね。さらに会場の床は真っ平らに見えているが、5~10ミリ程度ゆがんでいます。その状態でパネルを立てると、部分的に隙間ができたり、きれいに見えません。
でも接地面に、ほんの少し床から5ミリ程度目地をとることで解消できるんです。水平の影が強調されるから造作がキリッと立ってくる。部屋の建築壁とそこに接合する造作壁の仕上げも、同じように見えて材質が異なるので、取り合い部分にも目地をつくっています。異素材の壁同士が接する面の仕上げは、すべて同じような処理を施しています。
萩原 緊張感や空間が引き締まる感じがしました。
尾崎 多角形の空間ほど、会場においてその空間が目立つことなく黒子に徹した方がよいです。石は重いという共通認識があるから、石に見えた途端に“重さ”、つまり物質感が湧き上がってしまう。作品に集中できるように、造作はそのような物質感をなくすための努力が必要です。
そのためにパネルの小口はシャープにしました。通常会場のベニヤのパネルは40~50ミリの厚み。壁の小口を50ミリの幅で処理すると人は無意識に「壁がある」と認識します。でも20~30ミリ程度にすると、人の感覚は面白くて、立体的な「壁」ではなく「面」としか捉えないんです。だから、今回の会場では、いろいろな角度でいろいろな面積の壁が立っている割に、物質に囲まれている感覚があまりしないはずです。
萩原 作品数が多いと必然的に壁が必要です。壁を立てると圧迫感が出てしまいますが、今回の空間ではその圧が軽減されていると感じました。白い部屋に掛けられた女性の肖像画も実は75ミリの厚さのしっかりとしたバックボードで支えられていますが、小口部分をシャープにしていることで、その分厚さはまったく感じられません。ボリューム感がなくて、洗練されているなと。光のディテールという点ではいかがでしょうか。
藤原 やはり“まとう”ことがもっとも重要です。だから空間に光を馴染ませるためにはレンズやフィルターを選んで、器具側にも手を加えます。例えば、光は見上げると眩しいのは当然ですが、鑑賞者が立ったときに顔まで光が及ばないようにハーフフードを付けることもあります。今回は壁が低いので、壁の向こう側から飛び込んでくる光を抑えるために、照明器具にフードを付けています。
目的以外の光はすべてノイズです。まぶしいノイズは最低だし、気になるだけでも問題。眼球運動は随意運動ではないから、気になるものがあると勝手に動き集中力が落ちてしまいます。だからノイズレスな空間がもっとも作品の世界に没入できます。没入できれば照度が低くても明るく感じます。光のディテールというなら、ノイズを潰していく作業ですね。尾崎さんの壁の厚みを減らすのと同じ考え方です。
尾崎 余計なものを考えなくていいように。
藤原 勝手に脳が考えてしまうのを止めるために。
尾崎 無意識に思ってしまうからね。そうした雑音を排除すれば、人は自然に作品に近づけるし、自然に見ることができます。
藤原 自然さをだすために、不自然なことをいろいろとします。絶対ばれないように(笑)。人は自分の人生に照らし合わせて感動します。だから、作品を鑑賞している時、自分の経験と脳の会話の余白を残してあげるのが重要です。そこに感動が生まれますからね。
萩原 本日は貴重なお話をありがとうございました。