開館20周年記念展コスチュームジュエリー美の変革者たち シャネル、スキャパレッリ、ディオール

展覧会レビュー

会場エントランス

20世紀はじめ、ポール・ポワレが嚆矢となり、シャネルによって広く普及したコスチュームジュエリー。本展覧会は、このコスチュームジュエリーの展開を日本で初めて包括的に紹介するものとして、開催されました。コスチュームジュエリーとは、宝石や貴金属を使用せず、ガラスや半貴石、合金、シルバーなど、一般にそれほど高価ではない素材を用いて作られたネックレス、ブローチ、イヤリング、ブレスレットをはじめとする装身具を指します。宝石で作られた装身具のような権力や富の象徴という役割はなく、あくまでも折々の衣服の装いを引き立てるための小道具であり、身に着ける人の個性や魅力をひときわ映えるようにするという用途をもっとも重視して創作されました。素材の既成概念から解放されているコスチュームジュエリーには、作り手の創造性と、そのクリエーティビティーを実現するための卓越した技が重要です。制作者たちの造形への果敢で真摯な取り組みによってもたらされる、ゆるぎないスタイルこそがコスチュームジュエリーの価値であり、尽きない魅力の源だと言えるでしょう。展覧会では、第1章にて1910年代フランスでオートクチュール用のジュエリーとして誕生したコスチュームジュエリーをブランドごとに紹介し、第2章において、それらのブランドが制作を委託したヨーロッパの主要なアトリエや、日本ではまだあまり知られていないコスチュームジュエリーのブランドの作品をお目にかけました。そして第3章では、アメリカにおけるコスチュームジュエリーの受容から、マスプロダクションと言えるほどに産業として発展した、その展開の諸相を、作品を通じてご覧いただきました。以下、各章立てごとに見どころであった作品やブランドを改めてご紹介します。

第1章 美の変革者たち

女性をコルセットから解放した伝説的デザイナーのポール・ポワレ。彼が、妻のためにデザインした仮装パーティー用のマスクとブレスレットのセットから展覧会が始まります。「深海」がテーマのこのセット、マスクにはタコのモチーフがブルーのガラスビーズの濃淡で表現され、手首を飾るブレスレットには、深い青色のしずくが指から滴るようにクリスタルガラスが垂れ下がる魅惑的な作品です。続いて本章では、自らも模造パールのネックレスを愛用し、同時代の女性たちに影響を与えたガブリエル・シャネルのジュエリーが多数登場。シャネルのコスチュームジュエリーにおいて重要な二つのアトリエ 「メゾン・グリポワ」と「ロベール・ゴッサンス」による、かれんで生き生きとした、あるいは、重々しく神秘的なジュエリーを中心にご紹介しました。さらに、本展の最重要作品の一つとして、スキャパレッリの「ネックレス『葉』」をご紹介しました。ポワレにそのセンスを認められ、シャネルの最大のライバルとも称されたデザイナー、エルザ・スキャパレッリがボッティチェリの絵画から影響を受けて生み出した自然主義をテーマとした「パガン・コレクション」で発表した名品です。

ポール・ポワレ《夜会用マスク、ブレスレット “深海”》
「メゾン・グリポワ」と「ロベール・ゴッサンス」それぞれの工房によるシャネルのジュエリー
スキャパレッリ《ネックレス “葉”》と《クリップ “葉” モチーフ》
端正で愛らしいクリスチャン・ディオールのジュエリーも多数出品された

第2章 躍進した様式美

1930年代に入ると、オートクチュールブランドの多くが、コレクションにコスチュームジュエリーを加えて発表するようになりました。それらのジュエリー制作は、卓越したコスチュームジュエリーのアトリエに依頼されたのです。それぞれのアトリエには専門領域や得意分野があり、技術に優れた職人を抱えていました。こうした、オートクチュールのコスチュームジュエリー制作を支え、また自らも質の高いコスチュームジュエリーを発表したアトリエに、「コッポラ・エ・トッポ」や「ロジェ・ジャン=ピエール」などがあります。このような様式美が確立され、熟練した技術で古びることのない作品を数多く生み出したアトリエの紹介に加えて、日本では本格的に紹介されていない稀有なコスチュームジュエリーのブランドを本章で取り上げました。詩的でユーモアのきいた、一点ずつがまるで小さな彫刻作品のようなジュエリーを制作した「リーン・ヴォートラン」がその筆頭です。パリの鋳造業の家に生まれ、子供時代から鋳造や彫刻制作に親しんだヴォートランは、ブロンズ製のボタンが評判となり、コスチュームジュエリーや、パウダーケース、小箱の作品で人気を博しました。作品には愛嬌のあるモチーフが度々登場し、詩の一節、謎かけの言葉など文学的な要素も含まれます。他に類を見ない独創的でミステリアスな作品は、本展の中でも特別な存在感を放ち、注目を集めました。

リーン・ヴォートランの展示室
コッポラ・エ・トッポの作品群

第3章 新世界のマスプロダクション

アメリカでは、パリのファッションからの影響に加え、1940年代以降はハリウッド映画に登場する女優たちのスタイルから、コスチュームジュエリーは大いに人気を集め、収益性の高い産業となるまでに発展しました。ヨーロッパと違い、宝飾文化の伝統といった縛りがほとんどないことは、より自由な発想のデザインにつながり、さらに戦争の影響でユダヤ系の腕の良いジュエリー職人が移住したことなどを要因として、アメリカでコスチュームジュエリーは大きく花開いたのです。アメリカのコスチュームジュエリーにおいて最も重要なブランドの一つといわれるのが「ミリアム・ハスケル」。花や葉、蝶など自然のモチーフによる立体的表現を得意とし、本展では、模造パールを用いた作例やヴェネチアンビーズを使用したかれんで優しい作品が多数並び、来館の皆さまを魅了しました。さらに、米国において最大手メーカーとされた「トリファリ」の作品群も見どころでした。パリの一流宝飾店出身のデザイナー、アルフレッド・フィリップによるカラフルなクリスタルガラスを丹念な手作業でセッティングした精緻なジュエリーは当時の顧客を魅了し、ブランドの礎を築いたとされます。このほかルーサイト(透明樹脂)をはめ込んだ動植物モチーフのブローチや、エナメル彩メタルのペアクリップなど比較的安価で親しみやすい作品にも、気品とユーモアが備わった魅力で、本展開催を経て現代においてもトリファリのファン層を広げたようです。

ミリアム・ハスケルの作品群
トリファリの展示ケース(手前)

イベントレポート

担当学芸員によるスライドトーク「展覧会のツボ

美術館上階のホールにてリアル開催。美術館内の展示風景写真を利用しながら、展覧会の章立てをたどる形式で作品の見どころや、資料的な図版を活用して鑑賞に役立つエピソードなどを担当学芸員がご紹介しました。

実施日
10月14日(土)、11月25日(土)いずれも午後2時~2時30分
会場
パナソニック東京汐留ビル5階ホール
講師
宮内真理子(当館学芸員)

講演会

本展監修者であり、本展出品作品のご所蔵者でもある小瀧千佐子先生による講演会。展覧会構成の流れに沿って、長年のコスチュームジュエリー研究の過程で得られた様々な資料図版を援用しながら、歴史や時代背景も含めて、展覧会で紹介されている作品とそのデザイナーへの理解が一層深まる貴重な解説が次々述べられました。講演の後には、多数寄せられた質問へも丁寧にお応えいただき、展覧会で鑑賞する作品としてではなくパーソナルな楽しみとしてのコスチュームジュエリーの魅力や、身に付け方に関しての小瀧先生の見解へは、会場中から大きな賛同が寄せられました。

講師
小瀧千佐子氏(本展監修者、コスチュームジュエリー研究家)
日時
11月3日(金・祝) 午後2時~午後3時40分(開場午後1時30分)
会場
パナソニック東京汐留ビル5階ホール