ブダペスト国立工芸美術館名品展ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ

展覧会のみどころ

1.欧米における工芸のジャポニスムおよびアール・ヌーヴォーの展開を、ブダペスト国立工芸美術館のコレクションでたどる

19世紀後半のヨーロッパで、日本の美術や工芸の影響を受けた作品が様々な分野で作り出されるようになった現象のジャポニスムは、やがてアール・ヌーヴォーの源泉ともなります。工芸においても、イメージの模倣から始まり日本の装飾技法の研究を通じて、その魅力の根底にある自然へのまなざしや素材自体の効果を学び、探求が行われます。本展ではその様相を多数の優れた作例によってご紹介いたします。

2. ミントン社、エミール・ガレ、ドーム兄弟、ルイス・カンフォート・ティファニー、ビゴ社、ベルリン王立磁器製作所などの名品

ブダペスト国立工芸美術館の陶磁器ガラス部門から、国際的にも名高いアール・ヌーヴォーのコレクションをお目にかけます。これらには、19世紀末から20世紀初頭、作家や工房からの直接購入や、1900年のパリ万博での購入など、同時代の名品として集められてきた作品が多くあります。本展には収蔵以来の初公開作品や、国内外の展覧会から出品依頼の絶えないスター作品が選ばれて展示されます。

3. ハンガリーの名窯ジョルナイ陶磁器製造所の名品が多数出品

ハンガリアン・アール・ヌーヴォーにおいて大変重要な工房のひとつであるジョルナイ陶磁器製造所が制作した48件(56点)の作品が出品されます。ジョルナイ独自のエオシン彩が施された作品だけでなく、ファイアンスフィーヌのティーセット、結晶釉けっしょうゆうの壺、炻器せっきによる水差しなど多彩な素材と装飾で幅広くジョルナイの魅力を感じていただけます。

ブダペスト国立工芸美術館 紹介

ブダペスト国立工芸美術館は、ロンドン、ウィーン、ベルリンにおける工芸美術館の設立に続き、1872年に創設され、設立以来、古今東西の工芸品の収集に当たり、当初、ハンガリー国立博物館から引き継いだ世界の古美術品からなる「歴史コレクション」と、万国博覧会における購入品(1873年のウィーン万博、1878年と1889年のパリ万博)及び有名企業(ヘレンド製陶所、ジョルナイ陶磁器製造所)からの寄贈品からなる「同時代のコレクション」を基としていました。1896年、ハンガリー建国千年祭の最終行事として、オーストリア・ハンガリー二重帝国皇帝フランツ・ヨーゼフを迎え、エデン・レヒネルの設計による工芸美術館の新しい建物が開館しました。初代館長ジェルジュ・ラート(1828-1905)と第二代館長イエネー・ラディシッチ(1856-1917)が築いた国内外の幅広い人脈を通して、工芸美術館は第一級の工芸品を収集することとなり、美術館のアール・ヌーヴォー・コレクションの基礎は、主に1900年にパリで開かれた万国博覧会や館内で毎年開催されていたクリスマス展覧会で買い上げた作品によって築かれたのです。20世紀後半からは、ハンガリーの現代作家の作品を中心として収集が行われています。現在、工芸美術館は大規模な改築工事中で、リニューアル後、中央ヨーロッパで最も刺激的で魅力に溢れた美術館として再び開館予定です。

ブダペスト国立工芸美術館

第1章 自然への回帰 歴史主義からジャポニスムへ

展覧会の最初の章では、日本美術の影響が認められるヨーロッパの作品の中でも、最も強くその影響を受けたジャポニスムの初期段階の作品を紹介します。 作品にみられる日本的な装飾や直線的で平面的な表現、大胆な構図が特徴といえます。その一方で、偶発性の美の追求にはまだ至らず、設計通りにほぼ完璧に仕上げられた作品の作りや、描かれたモチーフに一定の距離を置く姿勢、事前に入念に計算された装飾の効果の点で、これらの作品は、西洋の美術様式としては歴史主義につながるものとされます。

《菊花文花器》エミール・ガレ 1896年頃 ブダペスト国立工芸美術館蔵

第2章 日本工芸を源泉として 触感的なかたちと表面

西洋では陶器を覆う釉薬や顔料は一つひとつの装飾に合わせて配合し、完璧な仕上がりとなった作品が高く評価されてきました。これに対して、東洋では釉薬の芸術的な効果を達成するための条件を整えた上で、なおかつ焼成中に起こる予期せぬ事態や偶発性に自由な創作の余地を残しています。このような東洋の陶磁器の影響を受けて、多くのヨーロッパの工芸作家たちは、特別で特殊な色合いを求め、釉薬を様々に配合し、色と斑紋の組み合わせや光、美しい効果をうみだす釉薬の実験を重ねて成功します。本章ではそれら特徴的な表面の装飾を持つ作品を紹介します。

《結晶釉花器》ジョルナイ陶磁器製造所 1902年 ブダペスト国立工芸美術館蔵

第3章 アール・ヌーヴォーの精華 ジャポニスムを源流として

ジャポニスムの作品は文学や絵画、グラフィック、工芸などの分野でつぎつぎと誕生し、その考え方や表現技法は、西欧の唯美主義運動とも連動するものでした。やがてジャポニスムはアール・ヌーヴォーの源泉のひとつとなって芸術のあらゆる領域へと広がりを見せるようになります。 本章では、多数出品される陶磁器やガラス作品を特徴に基づいて、花、表面の輝き、伝統的な装飾モチーフ、鳥と動物の4つに分類して紹介いたします。

《孔雀文花器》ルイス・カンフォート・ティファニー 1898年以前 ブダペスト国立工芸美術館蔵

第4章 建築の中の装飾陶板 1900年パリ万博のビゴ・パビリオン

陶器は数千年前から壁や屋根の建築資材として、あるいは壁を装飾するカバータイルとして使われてきました。19世紀末になると、この歴史に新たな章が加わります。工場生産の導入によって、より大きなサイズの陶板の製造が可能となり、柱や支柱、アーチ、アティック(上屋)などを飾る陶板や、壁のカバータイルなどとして様々な陶器が作られ、鉄筋コンクリート構造の建造物を装飾しました。 本章で紹介する作品は、フランスでの陶芸においても極めてユニークな建築用陶器群、いわゆるビゴ・パビリオンの建築装飾の一部です。1900年に開催されたパリ万国博覧会のために建築家ジュール・ラヴィロットが設計し、建設されたパビリオンで、この万博でグランプリを受賞した後にブダペスト国立工芸美術館館長が買い上げました。 他方、ハンガリーのジョルナイ陶磁器製造所は、芸術的な装飾品の製造において第一級であったばかりか、数百種に上る建築用装飾陶器も製造していました。それらは傑出した建築家や彫刻家の作品であったのです。ここでは、ジョルナイ陶磁器製造所が製造した陶器の中からフリーズ用タイルの一部もご紹介します。

《牡牛図フリーズ装飾陶板(ビゴ・パビリオンの一部)》 デザイン:ポール・ジューヴ ビゴ社 1898-1900年 ブダペスト国立工芸美術館蔵

第5章 もうひとつのアール・ヌーヴォー ユーゲントシュティール

アール・ヌーヴォーはヨーロッパにおける最後の普遍的美術様式と見なされており、ふたつの潮流から成っています。ひとつは、植物的アール・ヌーヴォーないしはフロレアル・アール・ヌーヴォーと呼ばれるもので、もうひとつは幾何学的アール・ヌーヴォー、いわゆる「ユーゲントシュティール」です。後者は、主にドイツ語圏で発展しました。ユーゲントシュティールの作品は、直角や幾何学的なディテールが特徴で、シンメトリーや様式化された植物モチーフがしばしば使用されています。本章で展示される蘭の花で豪華に飾られたティーセットは、植物的な要素と幾何学的な要素を併せ持つ両様式の境界上にある作品ですが、背景に描かれた縞模様や格子模様からは日本美術の影響もみることができます。

《植物文花器》ベルリン王立磁器製作所 1910年頃 ブダペスト国立工芸美術館蔵

第6章 アール・デコとジャポニスム

本章ではアール・ヌーヴォーに続く様式のアール・デコに典型的な作品を紹介します。アール・デコにおいて、アール・ヌーヴォーの植物モチーフは変化し、著しく抽象的なものになります。くっきりとしたフォルムが現れ、しばしば色彩が重要な役割を果たします。豪華でエレガントなスタイルのアール・デコには数多くの新しい素材が使われます。本章で紹介される作品は、日本の影響がアール・ヌーヴォーを超えて存続したことを教えてくれるでしょう。例えば、ガラスの層の間に薄い金箔が裂けたように美しく広がる器は、蒔絵の漆芸品に着想を得たきわめてモダンな作品といえるでしょう。

《多層間金箔封入小鉢》ドーム兄弟 1925-1930年 ブダペスト国立工芸美術館蔵