香りの器 高砂コレクション 展

展覧会レビュー

会場へのアプローチ

本展では、世界有数の総合香料会社である高砂香料工業株式会社が長年にわたり収集してきた、香りや香料の文化を伝える作品や資料から成る高砂コレクションよりおよそ240点を選りすぐり展示しました。その内容は、高砂コレクションの幅広い守備範囲を物語るように、古今東西の作品から構成され、古く遠方ものでは紀元前10世紀キプロスの香油壺、新しいものでは1990年代日本の香炉までご紹介いたしました。

会場に入ってすぐにお目にかけたのは、古代の土器、陶器、石製の香油壺や古代オリエントのガラス製容器などです。これらの香油容器の展示では特に照明にこだわり、それぞれの作品の透明感や表面のきらめきが伝わるように努めました。銀化したガラスの虹色の輝きが特に顕著な作品は、展示台を工夫して底からと真上から光を当てました。この照明によって2000年前の制作時にはみられなかった経年変化がもたらす銀化の美が引き立ちました。

展覧会エントランスから見た古代の作品の展示室
古代オリエントのガラス製容器の展示

次のセクションでは、17世紀から19世紀の携帯用の香水瓶をご紹介しました。主にヨーロッパの繊細な装飾のつけられた、装身具にもなり得る香水瓶が並ぶとともに、明治期に日本で製作された超絶技巧作品といえる輸出向け工芸品で鎖付きの香水瓶も紹介されました。この展示室では、高砂コレクションに追加して、山寺後藤美術館より絵画作品《ミルマン夫人の肖像》を特別出品いただきました。なんともいえない魅力のある表情を湛えた貴婦人の肖像画であり、その存在感に惹きつけられる一方で、画中に描きこまれる香水瓶や扇、レースのハンカチなどから、19世紀貴婦人の装いと香りの使われ方へも思いを馳せてしまう作品です。

携帯用の香水瓶の展示と絵画作品
絵画:エドワード・ジョン・ポインター《ミルマン夫人の肖像》1877年 山寺 後藤美術館蔵

つづいて、マイセン窯やチェルシー窯によるフィギュアの香水瓶ほか、欧州の名窯で制作された小型の陶磁器製香水瓶やポプリポットが登場し、さらに、置き型の香水瓶の形状をした19世紀ボヘミアン・ガラスの香水瓶が展示されました。ビーダーマイヤー様式でつくられたこれらの香水瓶は、それぞれ、イオン交換彩色やエナメル彩色、エングレーヴィングやカットなど様々な技法を用いて可憐で落ち着いた装飾や文様が施されたものです。六角形の形状の香水瓶が複数展示されることにちなみ、展示台も六角形にしましたが、ケースの内部にひしめく華やかなきらめきと、とりどりの色によって、まるでカルーセルの様にも感じられる仕上がりでした。

陶磁器製の小さな香水瓶とボヘミアン・ガラスの香水瓶の展示

その後に登場するのは、19世紀おわりから20世紀はじめにかけて流行したアール・ヌーヴォー様式のエミール・ガレやドーム兄弟による香水瓶。そして次に現れるアール・デコ様式のオーストリア製の香水瓶セットを経て、ルネ・ラリックの一連の香水瓶をご覧いただきました。ラリックは、自身のオリジナルの香水瓶の制作に加えて、香水や化粧品メーカーからの注文による香水瓶も作りましたが、ラリックの香水瓶ならばその香水も良く売れると言われる程に人気だったようです。本展では、オリジナルのものと各メーカーから依頼のもの、また息子のマルクによるもの含め、22点をお目にかけることができました。

アール・ヌーヴォーとアール・デコの香水瓶の展示

20世紀に入ると、ファッション・ブランドも香水とそれに相応しい香水瓶を生み出して販売を始めました。それらは、よりスタイルや個性が際立ち、ブランドの美意識を反映したものとなります。本展では、オートクチュール店で初めて香水を発売したポール・ポワレの香水ブランド、ロジーヌの香水瓶《道化》をはじめ、ディオールとスキャパレリの香水瓶が出品されています。なかでもポワレの《道化》の展示コーナーは、当時のアール・デコ様式の空間の雰囲気まで伝えるべく、緩やかな繋がりのある絵画と椅子、ランプと共にブドワール風のしつらえとしました。ここに登場するのは、特別出品作品であるマリー・ローランサンによるポワレの妹、ニコルの肖像画《アンドレ・グルー夫人ニコル(旧姓ポワレ)》(マリー・ローランサン美術館蔵)、そして、ニコルの夫アンドレ・グルーのデザインによる椅子2脚(東京都庭園美術館蔵)、さらに同じアール・デコ時代のエドガー・ブラントとシュナイダー社によるフロアランプ(東京都庭園美術館蔵)です。

香水瓶《道化》と特別出品作品の展示。
香水瓶:ポール・ポワレ/ジュリアン・ヴィアール《香水瓶「道化(ロジーヌ社)」》1923年 高砂コレクション
絵画:マリー・ローランサン《アンドレ・グルー夫人ニコル(旧姓ポワレ)》1913年頃 マリー・ローランサン美術館蔵
椅子:アンドレ・グルー(デザイン)、マリー・ローランサン(絵付け)、アドルフ・シャノー(制作)《椅子》1924年頃 東京都庭園美術館蔵
フロアランプ:エドガー・ブラント(鍛鉄)、シュナイダー社(ガラス)《フロアランプ》1925年頃 東京都庭園美術館蔵

この展示室には、18世紀から20世紀までの欧州の様々な化粧道具も並びました。そのほとんどがセット組みで、美しい瓶や道具類はそれを収める為の凝った装飾が施されたケースと共にご紹介しました。装飾はシノワズリーや新古典主義など、制作された頃の流行を反映したもので、興味が尽きません。

セット組となった道具類の展示

展示室にはさらにフランスの香水や石鹸のポスターと香水商のカタログが並び、その後に日本の香りの文化と器のご紹介へと続きました。きらびやかな漆芸装飾が施された香道具に、技巧を凝らした香炉、香合、そして蘭奢待を含む貴重な香木に加えて、香道の文化を伝える伝書等が出品されました。

香道具のうち、白眉として注目を集めたのは《浜松塩屋蒔絵十種香箱》です。道具箱は、全体に金粉を密に蒔き付け、金銀の高蒔絵に研出蒔絵、さらに小さな方形の金の板をちりばめて古典的な文様を表わしたものです。この豪華できらびやかな仕上がりを引き立たせるため、作品の保存に配慮しながら、複数の照明器具によるこだわったライティングを施しました。 

「日本の香り」の展示室

本展にご来場の皆様には、香りを収納して保管するための器の鑑賞を通じて、古来より私たちの暮らしに欠かせない香りとその文化への関心を深めていただくことができたことと思います。

本展会期中には、当初いろいろなイベント開催を計画しておりましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止の目的で、開催は見送り、オンラインでのギャラリートークの配信のみ実施しました。ギャラリートークにはゲストとして、本展ご監修者で東京ステーションギャラリー館長の冨田章先生と、高砂コレクションから鈴木隆先生をお招きし、担当学芸員と共に3名での解説を実施致しました。
■配信日時:2021年1月21日(木)昼12:30~、1月24日(日)午後3:00~、1月26日(火)午後7:00~

なお、本展覧会会期は新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言の期間に含まれました。そのため、自治体の示す方針と日本博物館協会の示す感染予防のガイドラインに沿って様々な対策を取りながら運営を行いました。