「都市対抗野球の頂点とは、わが野球部にとって未踏の領域。だから、私たちは今までの枠組みを超え、限界を突破しなければいけない」。年頭の第一声で、田中篤史監督は選手にそう語り掛けた。厳しい練習、苦しい時こそ前を向き、歯を食いしばって一歩を踏み出す――。2020年、野球部は新たな姿に生まれ変わる。
勝利の味、敗戦の悔しさを財産に。

チームが勝ち上がる喜びを知った昨年の都市対抗野球、それは1年の中で一番の成果でした。若い選手にとっては初めての経験で、勝てば勝つほどに欲が出る、チームの勢いを体感できた実りある大会でした。ベスト8の結果をして「強いチームになった」とは到底言えませんが、敗戦を喫した相手が優勝したこの大会で、頂点は決して手の届かない場所ではないと選手はイメージしたはずです。都市対抗は地区予選で苦しみ、第6代表で出場権を得ましたが、選手は試合数だけ「グラウンドでどんな表現ができるか」を問いながらプレーを重ねました。この経験は必ず今年につながります。
監督として、私自身は日本選手権の初戦敗退で未熟さを思い知りました。自分たちがどんな姿を見せるのかを明確にできず、試合に対して雑な入り方だったと言わざるをえません。初回にミスが絡んで大量点を与えましたが、選手は一生懸命にプレーした結果です。「ミスをしたら負けるのが野球」とよく言われますが、それを覆すことができず、勝負が決したかのような雰囲気を払拭できませんでした。ゲームの中でできることは多々あったでしょう。ミスの一つや二つはカバーできるような爆発的な強さ、誰かがカバーして勝てたと言えるようなチームにしたい。涙する選手たちに、そう語り掛けました。
諦めないこと、自分で壁をつくらないこと、これまでの限界を何とか乗り超えていこうと私は年頭に示しました。その思いを表現する言葉は「未踏の領域」。チャレンジには成功も失敗もありますが、踏み出す勇気こそが始まりです。また、春季キャンプでは声の出し方を意識づけしました。「しっかり声を出し、キャンプ地の日向市の皆さんにパナソニック野球部が、ここにいますよ!と分かってもらおうよ」と。声だしというのは定番中の定番ですが、躍動感のあるチームはそこから生まれてきます。まだ開幕前の現時点でも足りていないし、声の「質」もまだまだですが、メンバーがお互いに敬意を持って指摘しあうような、いい声が自然と出るチームにしたい。
若手選手に“大化けの予兆”。



あえて個の名前を出しますが、いま私が一番期待している投手は與座です。サイドスローに変えて2シーズン目、今シーズンは彼の強みが生きる場面がきっとあるはずです。2年目の投手2人も故障が回復し、ここからがスタートです。勝田は左投げの長身で貴重な存在、小澤は器用なタイプで変化球も投げ切れる。いずれも楽しみな素材です。また、2019年の優秀選手賞に選ばれた小屋は、入社当初は地味な存在でしたが死にものぐるいで練習し、トップにまで成長しました。彼のハードルはさらに上がりますが、私たちもサポートして一緒に挑戦していきたいと思います。ただ、投手陣はコーチの金森に一任しているので、私はポイントだけを要所で伝えるようにしています。



バッターは個々の技術を試合で生かせていないのが課題です。経験豊富な田中(宗)を選手兼任コーチとしたのは、ここに新しい風を送り込む狙いです。練習試合から早速その成果は現れて、ダブルスコアに近い大量の点差を、連打、連打で追いつく場面がありました。一発ではなく、つないで得点を重ねたところに手応えを感じています。野手では1人、注目選手を皆さまに覚えていただければと思います。2年目の上田です。高いレベルで走攻守のバランスが取れた外野手で、昨秋からレギュラーとして出場しています。新人とは思えないスイング、盗塁の度胸も見せてくれました。ぜひ、中心選手に育ってほしいですね。



キャッチャー4人もしのぎを削っています。緒方と大坪の2人が成長し、昨季にマスクをかぶった三上と川上に迫る勢いです。リードや配球の引き出し、強肩などそれぞれが特徴を出しながら、投手との呼吸もレベルアップしています。そしてあと3人、どうしてもここに挙げておきたいのが、ピッチャーの藤井(聖)、バッターの井上と横田です。常に献身的で、若い選手に遠慮なく叱咤激励もしながら、チームをまとめてくれています。社会人野球選手として本当にいい手本となる彼らに、敬意を表したいと思います。
パナソニック野球部の存在価値。

2020年、私たち野球部は改めて自分たちの存在価値を問い直しています。それは「パナソニックを応援したい」と思ってくださる方々、皆さまとの信頼関係にあります。皆さまとともに強くなりたい、ともに喜び合いたい。その信頼関係を築く一つが子どもたちとの野球教室です。従来も実施してきましたが、今期から選手が子どもたちと個で向き合う場面を重視しています。「パナソニック野球部が教えてくれた」ではなく、「パナソニックの〇〇さんが教えてくれた」と名前まで記憶に残るように。子どもたちが育ち、将来思い出してもらえるようにと。

社内へのPRも、今までにない取り組みを始めています。その一例がライフソリューションズ社主催の駅伝大会への出場です。同社所属の選手が職場でお誘いをいただいたのがきっかけで、野球部チームを編成して初出場しました。ユニフォーム姿の選手に「野球部がんばれ!」と沿道からたくさんの声援をいただき、中には背番号を見て「20番、もっと行け!」と激励してくださった方もいたそうです。選手もいい顔をして走っていましたし、社員の皆さまに野球部の存在を間近で感じていただくことができました。

私たちはともすれば、野球の試合に勝つことばかりにフォーカスしてきましたが、こうした野球以外への活動を通じて、応援してくださる方々との関係、一体感に自分たちの存在価値があると、選手も気づき始めています。野球教室以外にもイベントなどの場面で、誰か1人の選手が地域の方に名前を覚えていただく、あるいは背番号を覚えていただく。もしも、その方が試合観戦に来てくだされば大きな力になります。スタンドから声をいただけば、「ありがとうございます!ぜひ、また来てください」と、きっとアピールをするでしょう。
「さあ、行こう!」高らかに声を上げて。

2020年のチームスローガンは「VAMOS~壊して突き進め~」です。毎年、スローガンは選手が話し合って私のところに持ってくるのですが、今年は一味違った言葉です。実は私も初めて見た時は「何だこれ?」と言ったのですが(笑)。VAMOSというのはスペイン語で「前へ、さあ行こう!」と元気づける言葉。口にしやすいし、言葉を介してより親密に、身近な存在になれるからだと、選手から説明を受けました。私が口にしている「声を出そう」「未踏の領域へ行こう」と、その思いは同じです。連携の声、活気づける声、互いを指摘する声を掛け合って、未踏の領域を目指そうと。

選手たちは2019年の経験を今シーズンに生かしてくれるはずです。さらに、ルーキーの小峰もキャンプから存在感のある動きで、面白い素材です。全てのメンバーに、どうか熱いご声援をよろしくお願いいたします。最後に、この場をお借りして、パナソニック野球部を応援してくださる皆さまに、改めて御礼を申し上げます。活動を見守り、声をかけてコアな部分を支えてくださる方、新たに応援をしてくださる方、皆さまとの共感を胸に私たちは2020年シーズンを戦います。豊かで魅力のある野球、躍動感あふれる野球を展開し、ともに喜び合う瞬間を目指して、1日1日を積み重ねていきます。
(取材日:2020年2月25日)
気勢あふれる声がグラウンドに響く。
30人が挑むそれぞれの壁、
野球部が限界を超えていく。



