クールベと海 展―フランス近代 自然へのまなざし

展覧会レビュー

エントランスサイン

本展では、19世紀フランスを代表するレアリスムの巨匠ギュスターヴ・クールベ(1819−1877)の風景画家としての側面に焦点をあて、とりわけ画家が1860年代以降に集中的に取り組んだ「波」連作を中心に紹介しました。クールベが描いた海に着目したものとしては、本邦初の展覧会で、国内からクールベの「波」が集結した他、フランスのオルレアン美術館からも、1870年のサロン出品作のヴァリエーションの一つである《波》(1870年)が出品されました。加えて、クールベの風景画や狩猟画、周辺の画家たちによる海景画、当時の帆船模型、水着等を含む、約60点の作品が会場に並びました。

展覧会は「クールベと自然―地方の独立」、「クールベと動物―抗う野生」、「クールベ以前の海―畏怖からピクチャレスクへ」、「クールベと同時代の海―身近な存在として」、「クールベの海―『奇妙なもの』として」の五つの章で構成され、18世紀から19世紀にかけて、人々の風景へのまなざしや海の表象がどのように変化していったのかを、クールベを中心に周辺の画家も交えながら辿りました。

クールベの生まれ故郷オルナン地方の風景画を紹介する第1章や、同地に生息する野生動物の姿を描いた作品を主に紹介する第2章では、同時代に活躍した、バルビゾン派を中心とする風景画家たちの作品と併せて展示し、地方の風景や動物に対する、当時の画家たちの関心の高さを確認するとともに、とりわけクールベの作品で際立つ、自然や動物をありのままに捉える鋭い視線や、パレットナイフを用いて対象の物質感を表現する技法をご覧いただきました。

続いて、クールベ以前の海の表象を紹介する第3章では、クロード=ジョゼフ・ヴェルネによる畏怖の対象としての海や、リチャード・ウィルソン描くピクチャレスクな風景画に加え、当時グランド・ツアーの流行と共にイギリスで多数出版された、ウィリアム・ターナーやジョン・コンスタブルらによる挿絵本、そして19世紀初頭にフランスで出版されたテイラー男爵らによる『古きフランスのピトレスクでロマンティックな旅 第1巻』(1820年、国立西洋美術館)を紹介しました。また、当時の帆船の縮小模型2点を資料として補足し、展示に立体感をもたらすと共に、海に関連する事象の背景理解のための手助けとなったことと思います。

クールベと同時代に描かれた海を紹介する第4章では、実際にクールベとも交流のあったクロード・モネやウジェーヌ・ブーダン等印象派の画家たちが描いた身近な存在としての海を紹介しました。19世紀後半に海が身近なものとなった理由の一つに、鉄道がフランス各地で開通したことが挙げられますが、これに関しては会場内に二分程度の映像を投影して解説。加えて、この時代に海水浴の文化と共に登場した初期の水着3点も展示し、海の文化史的な側面も紹介しました。

最後の第5章では、クールベの海を主題とする作品を一堂に展覧しました。内陸育ちの画家が、初めて海を目にしたのは22歳の時のことで、それ以降海が画家にとって特別な存在であったことを会場内の解説文で紹介し、クールベよりも先の時代から同時代にかけて描かれてきた海景画との関連性の中で、とりわけ「奇妙」に映るクールベの、迫力ある海の描写をご覧いただきました。また、1870年のサロンに出品された、クールベによる二つの海景画の縮小ヴァリエーションであるオルレアン美術館の《波》と、新潟県立近代美術館・万代島美術館の《エトルタ海岸、夕日》を並べて展示することで、サロンでの展示を連想させるような工夫をしました。展示室の最後には、スイス亡命後に記憶やスケッチを頼りに描いた晩年の海景画や、亡くなる3年前に描いたレマン湖の畔に建つ中世の城《シヨン城》(1874年、美術館ギャルリ・ミレー(富山))を紹介し、展覧会の最後を締めくくりました。

また、会場は章ごとに異なる色の壁で区切り、その空間に最適な照明デザインを施すことで、来館者の印象に残る空間づくりを目指しました。さらに、会場の最後にはクールベの肖像写真や略年譜に加え、展覧会のメインビジュアルを用いたフォトスポットを設け、作品の鑑賞を妨げることなく、多くの方々に展覧会の思い出となる撮影をお楽しみいただきました。

さらに、展覧会への理解を多面的に深めるためのツールとして、展覧会の公式図録に加え、鑑賞ガイド「イラストで読む!ギュスターヴ・クールベの生涯」(イラスト・文/杉全美帆子)を作成し、会期中、ホームページ上にて掲載しました。図録は、大学の研究者や美術館の学芸員らによる学術的な論考や、展覧会の企画に関するエッセイ全5編に加え、各章のテーマや主要作品に関連する九つのコラムを収録する、読み応えのある一冊となりました。一方、4ページからなる鑑賞ガイドでは、クールベのプロフィールや生涯について、本展出品作品を交えてわかりやすく解説し、幅広い層の読者にお楽しみいただきました。

なお、本展は、新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、会期当初から日時指定予約を導入した他、自治体の示す方針と日本博物館協会の示す感染予防のガイドラインに沿って様々な対策を取りながら運営を行っていましたが、会期半ばに緊急事態宣言の発令を受け、臨時休館を余儀なくされ、会期が予定していた57日間から29日間に短縮されました。臨時休館中でも、展覧会をお楽しみいただけるよう、オンラインギャラリートーク「展覧会のツボ」を特別配信し、多くの視聴者にご覧いただきました。

「展覧会エントランス」
「I. クールベと自然―地方の独立」
「Ⅱ. クールベと動物―抗う野生」
「Ⅲ. クールベ以前の海―畏怖からピクチャレスクへ」
「Ⅳ. クールベと同時代の海―身近な存在として」
「Ⅳ. クールベと同時代の海―身近な存在として」
「Ⅴ. クールベの海―『奇妙なもの』として」
「Ⅴ. クールベの海―『奇妙なもの』として」

イベントレポート

記念講演会 「19世紀のフランス人と海」

19世紀のフランス文学及び文化史がご専門の小倉孝誠先生に、クールベが活躍した19世紀のフランス人と海の関係性について、当時の文学作品や展覧会の出品作品を交えてご講演いただきました。18世紀末から19世紀にかけて、嵐の海、荒れる海は悲劇やドラマチックな展開にふさわしいと考えられ、様々な絵画や文学作品の中で描写されてきたというお話、そして、政治的な混乱や動揺といった社会的な出来事もしばしば海の描写に譬えられて表現されてきたお話等、本展覧会の理解を深める内容のご講演でした。

講師
小倉孝誠氏(慶應義塾大学教授)
日時
2021年4月24日(土) 午後2時~午後3時30分
会場
パナソニック東京汐留ビル 5階ホール

※なお、本講演会の講演要旨を、本展ホームページ内のイベント詳細ページにてご覧いただけます。

小倉孝誠氏