Panasonic Sports

ピックアップフェイス

行武 広貴

あらゆるプレーを徹底分析し、最善の戦術を監督に提案するチームスタッフ、それがアナリスト。データ戦が浸透したバレーボール界で、勝負のカギを握る重要な存在だ。大学在学時から全日本男子チームに加わり、強豪国との対戦を通してトップレベルの分析力を磨いてきた行武広貴。冷静沈着な観察眼で見通す先にあるのは勝利のみ。V・プレミアリーグ戦開幕に向け、情報分析を武器に戦闘準備が着々と進んでいる。

「日の丸アナリスト」の恩師に導かれ

穏やかな目に力が宿った。「プレー経験が浅い分、誰よりも多くの試合を見たい」。他チームの試合会場に足を運び、時には夜通し何度も試合映像を見直し、勝利に導くプレーや戦術のカギをひたすら探し続ける。飽くなき探求心を燃やし、地道に蓄積した情報量こそ行武の誇りだ。アナリストの多くが経験豊富なプレーヤー出身者で占める中、行武の選手歴は中学時代のわずか1年半。父の転勤で急きょ引っ越ししたアメリカの学校と、帰国して編入した高校にバレー部がなく、好きなバレーが続けられなかった。「そもそも、一流選手の素質に恵まれていませんでした」と振り返る。

そこから、わずか数年で南部正司監督(当時)に誘われパナソニック パンサーズに入り、全日本男子チームのアナリストに選ばれるほどの情報分析能力を身に付けた。一体どのようにして――。「私をアナリストの道に導いてくれたのは、専修大学時代に出会った吉田清司さんと渡辺啓太さんのおかげ。二人の恩師がいなければ決してたどり着けなかった。感謝の言葉しかありません」。

専修大学に入学した2004年、好きなバレーに少しでも携わりたいと、母校都立国際高校の女子バレー部のコーチに就任。バレーの魅力、コーチングの面白さにどんどんのめり込んだ。1年次に選択したバレーの授業で担当教授に「バレーのコーチをしているので、もっと詳しくなりたい」と相談。そこで紹介されたのが、当時バレーボール全日本男子チームアナリストの吉田清司法学部教授(現:FC東京総監督)だった。まさに運命の出会い。「おおらかな方で『じゃあうちのゼミに来なさい』と」。従来ゼミは3年次から受講できるが、熱意が買われ1年次から聴講生として参加。客観的情報を使ったバレーボールの戦術分析を卒業するまでみっちり学んだ。

渡辺啓太氏(現:全日本女子チームアナリスト)も吉田ゼミ生の一人だった。柳本晶一監督率いる全日本女子チームのアナリストを任されていた3年生の渡辺とは学年は違えど同じ年齢。その存在はまぶしく映った。「私はどんなときもプラス思考。多感な10代、突然アメリカ行きが決まり、英語と悪戦苦闘しながら3年間過ごした経験が影響しているのかも。アナリストの知識は何一つなくても、日の丸を付けて戦う背中を追いかけてみようと」。選んだ道を突き進んだ。

勝ちにつながる情報分析

行武がまず手ほどきを受けたのは、バレーボール専用の解析ソフト「データバレー」。いつ、誰がどこでどんなプレーをしたか基本情報はもちろん、サーブのコース、セッターのトス回しの傾向などありとあらゆる情報を記録できる、アナリスト必須のアイテムだ。試合中、アナリストはコート後方のスカウティングエリアから全選手のプレーをすぐさまパソコンにコード入力し、データをもとにコーチと客観的に分析し作戦を立て、監督、選手に伝える。

特にパワーとスピードのある男子バレーの場合、点差が離れると一気に流れが傾くため、アナリストはいち早く戦況を把握し、最善策を進言する重要な役割を担う。「たとえセットを取られても、残りを取れば勝てるのがバレーボール。セット間で突破口を見いだせば、挽回のチャンスもあります。あせらず、あわてず。どうしたら勝てるか、たとえ優勢でも普段通りのプレーができているか、選手の動きを隅々までチェックします」。コートを隔て対面する形で、相手チーム側にもアナリストがおり、試合中、さらには試合前からコート内外で情報の攻防戦が繰り広げられ、見えない火花が飛び散る。もちろん主役は選手だが、アナリストも含めた総力戦がバレーボール界の常識になっている。

「正確でスピーディーな入力はできて当たり前。情報をどう生かし、勝ちにどれだけ結びつく分析できるかがアナリストの役割」。渡辺氏からの教えは今も忘れない。行武は試合前の分析に最も時間をかける。対戦チームの試合映像を何度も見直し、入力したデータと照らし合わせながら、勝利のシナリオを幾通りも描く。「渡辺さんは選手への伝え方も重視されていた。せっかく積み上げた情報も数字の羅列だけでは受け入れてもらえない。資料にグラフなどを入れ、視覚的に分かりやすく工夫していました。私が学生時代にコーチをしていた高校生の女子チームは、初心者が多かったこともあり、できる限りかみ砕いて伝えようと気を配りました」。

一流選手と海外遠征へ、試練を乗り越え成長

一方、吉田氏は行武に経験を積ませようと、男女各カテゴリーで代表チームの海外遠征に何度も同行させた。2006年ワールドグランプリ(女子代表)では、日本チームが次に対戦する外国チームの情報収集のため香港、マカオへ。その時、当時久光製薬スプリングスコーチの真保綱一郎氏(2008年からパナソニック パンサーズのコーチに就任し2014/15シーズンまでの8シーズン一緒に戦う)と出会い、現場でのデータ活用法の考え方などを学んだ。真保氏は海外でのコーチ経験もあり、常に視野を海外に向ける重要性も身に付けた。また、真夏のインドネシアで行われた2007年アジア選手権(男子代表)は約1週間、1日に4試合のデータを入力し、翌朝のチームミーティングまでに徹夜で資料を作るタフな毎日。「海外の試合会場はコンセントに電気が通っていないこともあり、何よりも準備が大切。どんなトラブルにも動じない度胸を鍛えられました」と胸を張る。

さらなる試練が成長を促す。2007年バレーボール・ワールドリーグ(男子代表)は、吉田氏が授業の都合で帯同できなかったため、行武一人を試合国フランスに向かわせた。いつもなら選手とのコミュニケーション役を務める吉田氏がいない。初めて自分なりに導き出した分析結果から戦術を披露した。「大学生で、しかもほとんどプレー経験のない私が全日本チームに帯同するのですから、明らかに場違い。とてつもないプレッシャーでした。ですが任された以上は絶対逃げない。その場にアナリストは私にしかいませんから。徹夜で必死に映像を見て資料を作ったことを覚えています(笑)」。吉田氏から寄せられる期待、雲の上の選手に囲まれる緊張感、慣れない異国の地で体調を崩すもなんとか一人でやり遂げた経験は、今も忘れられないという。

南部前監督

その後、アナリストの必要性を感じていたパナソニック パンサーズの南部正司監督(当時)の目に留まり、パナソニックへ。「アナリストの人材がまだ少ない時期、私にとってはビッグチャンスでした。ぜひやらせてくださいと。開拓への挑戦心に火が付きました」。入団後の2008年、北京五輪にも帯同した。

すべては選手、チームの勝利のために

ファイナルステージ 豊田合成戦

パナソニック パンサーズで8年目を迎える今期、10月から始まるV・プレミアリーグに向けて準備が着々と進む。「昨シーズンの自チーム、相手チームのプレーの数値、映像をもとに、勝つために必要な数字を細かく設定し、選手の練習に落とし込んでいます」。中でも意識するのは豊田合成トレフェルサ。昨シーズンは、V・プレミアリーグ(ファイナルステージ ファイナル)、天皇杯(ファイナルラウンド準々決勝)、第65回黒鷲旗(準々決勝)で対戦し、ことごとく苦杯をなめた因縁の相手だ。今も脳裏に浮かぶのはV・プレミアリーグ。土壇場でファイナルセットまで持ち込むが、パワーと高さのある外国人選手に力でねじ伏せられた。誰がどこに打つのか、分かっているのに止められない。なすすべがなく、最後の最後に勝てるプランニングができなくて悔しくてたまらなかった。

「上を目指すには全体的なプレーの底上げが必要ですが、最も強化すべきはディフェンス力。ブロックとスパイクレシーブの精度を高めていきたい。レシーブで1本上げてからの攻撃力はどこにも負けない自信があります。貪欲にボールに食らいつき、これまで以上に体を張ったレシーブで勝ちにつなぐ。オフェンスはサーブに注目しています。一人の巧者ではなく、全員がジャブのように打ち続け、相手を崩す確率を高めたい。『サーブが走れば勝てる』と言いますが、そこに尽きます」。2013/14シーズン以来の頂点取りのため、やるべき課題に向き合っている。

プレミアリーグが始まれば、毎週土曜、日曜に開催される全国各地の試合会場で情報収集し、対戦チームごとに戦術を分析する日々が約半年続く。すべてはチームの勝利のために。「アナリストと選手は決して対等ではなく、選手あっての仕事です。誰よりも勝ちたいと望み、トレーニングや練習に励んでいる選手の思いを絶対無駄にしたくない。だからこそ誰よりも試合映像を見たい。選手経験がなくても、少しでも一流プレーヤーの目線や感覚に近づき、考え抜いた戦術で『よし、後は任せろ』と選手を送り出したい。選手から信頼されれば、一番の幸せです」。学生時代から海外遠征を経験したおかげで各国アナリストとつながり、ネットワークを生かして海外から欲しい映像を取り寄せられる。今年開催されるリオ五輪も当然プレーの参考にするという。

大学は商学部出身だが数字は苦手。プライベートは、部屋の片付けもいいかげんだと語るが、ことバレーに関しては、徹底的に細かい。選手が閲覧する映像にも行武ならではの心配りが。「ビデオを撮影する角度、映し出すプロジェクターは常にまっすぐ。選手の多くはバス移動中、パソコンで動画を見るので、少しでも傾いていると見づらいし、参考にならない。たぶん誰も気づいていないひそかなこだわりです」と、いたずらっぽくほほ笑む。

取材時に持参した「レッツノート」は実際に試合で使う愛用品で、肌身離さず持ち歩く。「試合の移動中にパソコンで試合の準備や分析をするので、長時間バッテリーはアナリストにとって不可欠。全日本の海外遠征にも必ず持っていきます。この中に詰まっているデータはかけがえのない武器です」。長年戦ってきた相棒の肩にふれるように、パソコンのボディーを優しくなでた。


(取材日:2016年7月7日)

躍動する選手に思いを込め、
離れたコートからパソコンのキーを打つ。
見たいのはデータを超えたパフォーマンス、
数字はあくまで参考の一部なのだから。

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