ここから本文です。

※過去に掲載された記事になります。内容は公開時のものであり、最新の情報とは異なる場合がございます。

3話 こだわりのR400

松下ホームアプライアンス社 クッキング機器ビジネスユニット 会議室の写真

食べてばっかりで終わってしまったら、カソウケンの名がすたる! ということで、電気圧力なべの開発・改良に携わる技術者のみなさまにもお話を伺うことにしました。

お集まりいただいたのは、前回の加古さん、高桑さんに加え、 「電気圧力なべの生き字引」との呼び声高い仲野さん、そして現在の商品開発を担当している大橋さん、棚瀬さん、小坂さんの合計6名!ぱちぱち〜。

松下の電気圧力なべを最初に作った、なかの あきひささん グローバル調達センター 集中契約グループ 電気電子部品チーム クッキング機器駐在 参事 おおはし ひでゆきさん 技術グループ 先行開発チーム チームリーダーたなせ たかふみさん 技術グループ 主幹技師こさか としゆきさん 技術グループ 主任技師
かこさん たかくわさん

こちらのみなさんは、私たちの生活をより良いもの、楽しいもの、便利なものにするために日々奮闘していらっしゃるのです。生活者である私たちにとって、頭の下がる方たちなのでございます。

と、机の上を見ると、あれ?これはもしや・・・

うちだ まりかさんと電気圧力なべ 写真

1980年生まれの2代目・電気圧力なべ!すご〜い、当時の姿がこの目で拝めるとは〜。

1980年生まれの電気圧力なべ 写真

受け継がれる美味しさ(アナログからデジタルへ)

「私が入社して初めて担当したのが、この電気圧力なべでした。 電気式はガス式に比べて温度コントロールしやすいのが特長。その要となるのがボディに組み込まれた温度制御回路です」

と「生き字引」こと仲野さん。

なかのさん 写真

「当時はまだマイコンがありませんでしたから、あらかじめ制御プログラミングを開発して、なんてことができるわけもなく、アナログな回路をコツコツ組んでいましたね」

その頃の材料といえば、秋葉原で誰でも買えるようなシンプルな電子部品。それらを組み合わせてみては「コレとアレ組み合わせたら、どんな信号が送られるか?」といったリサーチを部品一つ一つずつ地道に繰り返し、電気圧力なべとしての制御回路を編み出していきました。まさに、知恵と汗の結晶で完成した技術だったんですね。

「その後、120℃の高圧調理に加え、113℃の低圧調理もできるようにしました。高圧、低圧が選べるようになったおかげで、玄米だけでなく白米も炊けたり、ゆで卵やプリンもできるようになったりと、より使い勝手の良い圧力なべに進化していったわけです」

たなせさん、こさかさんの写真

この仲野さんの手がけた制御回路をマイコン化したのが、棚瀬さんと小坂さん。

「マイコン化を目指したのは、圧力調理した後、さらに煮込みまでできる機能を追加したかったから。できることが増えれば、よりお客様のお料理の自由度が高まりますから」

と、お二人。アナログとデジタルの違いこそあれ、すでに仲野さんの作った回路がベースとしてあるわけで…今度はパソコンも使えるわけだし、さぞかし楽な作業だったんだろう、と思いきや…

「いざ仲野の作った回路を見て驚きました。あまりにも緻密な制御をするんです。例えば、高圧調理の場合、なべの温度は120℃を保つのが理想的ですが、マイコン制御の場合、単純なプログラミングだと思いのほかブレが出て、117℃から123℃ぐらいの温度変化が生じてしまったんです。しかし仲野の回路は、一度120℃に到達すると、ほとんどそこから温度変化が起きない。これと同じ精度の制御をマイコンで再現するのは大変でしたね」

プログラムを組みテストをし、調整をして再びテスト…そんな苦労の末、お二人はついに温度変化のブレが生じないプログラミングを完成。仲野さんのアナログ回路と同じ圧力調理ができ、そして煮込みもできる便利な電気圧力なべが出来上がったのです。

時代と使うテクノロジーは違えども、より便利なモノを作りたい、という心意気は変わらない。これが技術者魂なんですねー。

電気圧力なべの制御回路

操作パネルの裏側に、制御回路が入ってます。

なべのカーブはR400

さてこの電気圧力なべ、構造は意外とシンプル。

「ずっと変わらないものが2つあります。ひとつは、なべの素材と形状。もうひとつが、おもりです」

と大橋さん。

なべ部分は、持ってみたら意外な軽さ! うちにあるステンレスなべや、炊飯器の釜よりもずっと軽いのです。

このなべの素材は合金アルミニウム。
アルミニウムと一言で言っても、実際には性質の違うものがたくさん存在するのですが、電気圧力なべのものはマグネシウムなどが加えられたタイプで、加工前は柔らかくて加工しやすく、加工後は逆に強度が増すという優れモノ。

もともとアルミニウムは軽くて、熱伝導率が高い、つまり熱が伝わりやすいので、なべを加熱するヒーターの熱を効率的に伝えることができるんですね。

もしこの素材がステンレスだと、熱伝導率が悪いので、一部だけ焦げ付いてしまう可能性が高いとか。それに、重くなるし使い勝手も悪くなるそうです。

と、ここで意味深な発言が。

「なべのカーブは、R(アール)400にしています。この形にたどり着くまで、いくつも試作を繰り返しました」

「ヒーター側の形状も、R400、なんですよ」

と、みなさん、「R400」というナゾの用語を連発し、熱く語る!語る!語る! きっと読者のみなさんは、「あーるよんひゃく?」と頭の中がハテナでいっぱいになっているはず〜ちょっと待ってください〜。

まず「R」というのは、曲率のこと。曲率とは、カーブの曲がり具合を示す指標なのです。

とあるカーブがあるとしましょう。そのカーブを円にしてみたとき、そのときの半径の値を「R」といいます。Rが大きければ大きいほど、カーブは緩くなります。ちなみにRの単位はmやcmやmmなど、いろいろです。

Rのイメージ図
カーブがきついとRの値は小さく、カーブがゆるいとアールの値は大きくなります。

車を運転するとき「この先のカーブはR=200」とかいう表示を見たことがあるかもしれません。この曲率を見て「あ、この先のカーブはこの程度なんだな」なんてことを判断する、ってわけです。

さて、電気圧力なべに話を戻しましょう。

電気圧力なべのカーブは「R400」。そして実は本体にあるヒーター部分も、「R400」なんですって。
この場合は、「なべやヒーター部分の形状を円にすると、その半径は400ミリになる」ことを意味します。

半径400ミリ。つまり、直径80センチの大きな球と同じ曲率です。

なぜこの「R400」という形状が良しとされているんでしょう。

「電気圧力なべとして最も適した形状が、このR400なんです。効率よく調理するためには、なべの形はこれより浅くても深くてもだめですね。ヒーターも、なべと同じR400にして、効率よく熱を伝えているんです」

実際に、ヒーターの熱は、なべにどのように伝わっていくのでしょう。

電気圧力なべがスイッチオン!となりますと、まず、ヒーターの温度が上がっていきます。専門的に言うと、「ヒーターの熱変形が起こり始める」のですね〜。この熱が、なべにも徐々に伝わり、なべの温度も上がっていきます。つまり「なべにも熱変形が起こり始める」わけです。

なべに熱が伝わるイメージ図

この温度変化は、なべの底が約120℃になるまで続きます。その間、ヒーターとなべは外周部で常にきちんと密着し、ヒーターの熱がなべ側に十分に伝っていくことが重要となります。

例えば、ヒーターが80℃になると、なべも同じタイミングで80℃に。そしてヒーターが100℃になるなら、なべも100℃に…このように、電気式の圧力調理なべとしてヒーターの熱を確実に、そして効率よく、なべ側に伝えなくてはならないときにベストとされる形状が「R400」なんですね。

「とにかく私たちは、熱をきちんと伝えることに命をかけてます。これが美味しく調理いただくための一番のポイントと言っても過言ではありません!」「あ、熱い!」

先ほど、R400とは、直径80cmの球体と同じカーブである、と言いましたが、考えてみれば結構な大きさですよね。このような大きな「R」を精度よく加工するのは、実は至難の業なんです。

「金属の板を丸みを帯びた金型で押し付けて加工していくんですが、勢いをつけて押していっても、なかなかきちんとした形状になりにくいのです。ちょうど『太鼓の腹』のような、もともとある程度の硬さ、形が出来上がっているものに対して、微妙な力加減で丸みを足してあげる、といいますか…これがなかなか、難しい作業なんですよ」


実は、圧力をかけやすい最適な形は、「球体」なんですね。
でも、まん丸で出口が無いなんて、「おなべ」じゃなくなっちゃいますー。

そうなんです。高い圧力がかかっても大丈夫!な、安全性と強度を保ちながらも、軽くって使いやすい。このR400の形状は、精巧な加工技術を持つ日本でしか作れないのだそうです。いろんな家電製品が海外の工場で作られているという昨今、この電気圧力なべは松下さん独自の「メイド・イン・ジャパン」な製品として、長く受け継がれ、今もがんばっているわけです。

139gのおもりが圧力の決め手!

次にご紹介するのが、おもり。そう、電気圧力なべに必ず必要なおもりです。

なべの温度を上げるのはヒーターの役目ですが、熱や水蒸気の出口をふさぎ、なべ内部の温度上昇を助け、結果なべの中を効率的に高圧にできるのが、このおもりなんですね。

おもりの重さはたったの139g! なんとも中途半端な数値ですが…ここで、そのおもりが乗っかっている、ふたのノズルに注目してみましょう。ノズルの直径は3.7mmです。このとっても狭い面積のところに、139gのおもりが乗っかると、さあどうなるでしょう。

ここで学生の頃に習った(であろう)圧力の式を思い出してください。

「圧力」イコール「重さ」割る「面積」

数字だらけになっちゃいますが、この式に、おもりとノズルの関係をあてはめてみますと…

計算式 「おもりの重さ」割る「ノズルの面積」は、およそ1.3気圧! ピンヒールだと、1点に集中する圧力が違ってきます!

狭い面積にそれなりの重さが乗ると、その圧力たるや相当のもの、ということ。身近なたとえをしてみますと、同じ体重の女性でも、太めのヒールで踏まれるより、ピンヒールで踏まれたほうが絶対にイタイ!

圧力なべの場合も、圧力のかかる部分(ノズルの面積)が小さいので、おもりの重量がそれほど重くなくても、なべ全体にはかなりの圧力がかかる、ってことになるのです。

では、実際に電気圧力なべで生まれる圧力は、というと・・・

圧力は2気圧になります。(高圧モードの場合)

そうなんです。電気圧力なべの場合、センサーがヒーターの温度を確実に制御してくれるため、なべの中は2気圧(120℃)以上になることはないのです。いわばこれが電気式の最大のメリット。「スイッチを入れてしまえば、あとはほったらかし〜」の便利さを可能にしているのがこのセンサーによる温度制御なんですね。

そして、電気圧力なべが「静か」だという理由もここにあり!低圧・高圧に関わらず、調理中にプシュプシュいいません。これもセンサーがなべの中の圧力や温度を完全に管理できている証拠。そのありがたい制御プログラミングが、仲野さんの代から脈々と続いてきて今に至る、ということなのですね〜。

電気圧力なべは怖くない!

センサーによって、圧力・温度を確実に制御してくれる電気圧力なべ。とっても頼もしく感じてしまう一方で…うーん、せっかくのチャンスなので、聞かせてくださいっ。臆病な私が圧力なべで一番気になっていること。
それは

「圧力なべって本当に安全なの?」

ってことです。

使っている人たちは口々に、「ぜんぜん問題ないよ〜」と言っていますが、「圧力で、中身が吹き飛ぶんじゃあ…」とか、「フタを開けるとき、怖そう…」とか心配ごとが先に立っちゃうんですよね。


そのあたりのことを伺ってみたところ、「センサー制御をする電気圧力なべは、安心・安全!」との太鼓判を改めて押してもらいました。

さらに電気圧力なべには、知られざる安全設計が幾重にも施されていたのでした。さっそく、その全容をお伝えしましょう!

安全機能 その1

まず、なべが正しくセットされているかどうか、次にふたがきちんと閉まっているかを検知。両方がOKになってはじめてスイッチが入ります。

これは実に当たり前のようですが、大事な安全装置です。まずはなべがヒーターに接しているかどうかを検知。空っぽのままでは通電しません。次に、ふたが正しく閉まっているかを検知します。なべを加熱していくと、100℃を超え始めます。ふたがしっかり閉まっていないと、沸騰した食材がなべの外にあふれることになってしまいます。

ガス式の場合は、調理する人がフタのこと、火加減、蒸気の出る様子をちゃんとチェックしなければなりませんが、電気式はセットさえできればホントにあとはおまかせで大丈夫。

鍋なし検知スイッチ 図面
圧力表示ピン 写真

さあ、ふたが正しく閉められ、圧力調理が始まったとしましょう。低圧モードなら113℃、高圧モードなら120℃へと温度が上がっていきます。

この間、「なべの中の圧力が上がっている」目印として、「圧力表示ピン」が上がります。このピンは、圧力調理が終わると自然に下がる仕組みになっています。「しゅーしゅー」と蒸気の出ることのない電気式ゆえに、目で見て確認できる部品がついているのは安心ですね。

安全機能 その2

さあ、ここからは仮定の話。もしも何らかのトラブルで、なべの温度が120℃を越えて上がり続けてしまったら?

なべの温度がほぼ128℃になったら、自動的におもりが傾き、そこから蒸気が漏れていく仕組みになっています。

通常は、調理のあいだ、おもりが傾くなんてことはありません。ですが、万が一の場合は、このおもりが傾き、なべの外に蒸気を漏らします。蒸気が漏れていったら、それ以上、なべの中の圧力は上がりませんよね。

圧力表示ピンとおもり 図面

おもりの重さは、先ほどもご紹介したとおり、きっかり139g。安全性を高める重要なパーツですから、工場では、ひとつひとつの重さをもれなく量っています!

しかし万が一、それでもなべの温度、つまり圧力が上がり続けてしまったら? もし、おもりが傾かなかったらどうなっちゃうのでしょう?

安全機能 その3

ふたの一部に「共晶合金」という金属を使用。イザというときは、これが溶けます!

「共晶合金」。これは、ある温度になると溶けるという特殊な合金! 温度が上がりすぎると、この共晶合金が溶けてフタに穴があき、そこから蒸気を逃がすようになっているのです。

きょうしょう合金 図面

これだけで安全対策としては十分でしょ、と私には思えてしまうのですが、実はまだあるんです! なべの温度が上がり続けると、内部の水分が減ってきますよね。そうなると、なべの温度はさらに上がる。そこで・・・

安全機能 その4

温度が上がりすぎると、温度制御の装置がヒーターへの通電を停止します。

つまりは、「電源オフ」と同じ状態にしちゃうんですね。

温度ヒューズ 図面

これほど念には念を入れた何段階もの安全装置を組み込みながらも、さらに…

加えて、なべとふたは強度試験で、6気圧の圧力まで耐えられるような設計になっているのです。んー、私たちが普段感じている(?)気圧の6倍! 深海60メートルの深さで調理するのと同じですよ〜!!って、そんなことはまずありえませんが。そんな圧力にすら耐えるものを用意してくれているんですから、安心感がいっそう増します。

「工場での組み立ては1台約10分で終わるんですが、そのあと、40分かけて品質検査をしています」「1台1台、なべに水を入れて温度がちゃんと上がるかどうかのチェックも欠かしません」「きょうしょう合金が一定温度で溶けるかどうかも、定期的に検査しています」

なるほど〜。 こんなお話を技術者のみなさんから直接伺うと、とたんに「圧力なべコワイ」から「圧力なべ、とっても安心!」に転向してしまう単純な私であります。

食材の分量さえ間違えなければ、あとは「おまかせ・お手軽」クッキングができちゃう。初心者でも安心して使えちゃう。(その背景には、長い歴史と、高い技術が潜んでいるわけですが!)それが電気圧力なべ、なんですねー。

世界に拡がれ、電気圧力なべ

すっかり安心できた私。取材の最後に開発こぼれ話を聞かせてもらいました。

「調理家電の開発は面白いですよ。試作を持ち帰って、家族の反応を見ることができますから。思いも寄らない感想が聞けたりして、次の開発のヒントが生まれたりもしますね」

と大橋さん。そうか〜まずは自分の家族が納得してくれるかどうかが、試作品の出来の目安になるんですね。

「そうですね。家族に使ってもらうとすぐに結果が出ますよ(笑)。ウチの奥さんも『これは使えない』『これは良いわ』って、即、判断してくれますからね」

と棚瀬さん。苦労して試作にまでこぎつけたものが、たった一言で・・・なんて、お、奥様無情? 容赦なし? 

「でも、それはつまり、私たちがそれだけ生活者のみなさんに身近な製品を作らせてもらっている、ということですからね。自分たちの開発した商品が喜ばれる、役立つという事が、実感しやすいのは嬉しいですよ」

「圧力なべは、もともとヨーロッパで生まれたものですが、電気圧力なべはまだまだ広まっていません。食べ物や調理の文化は、国・地域ごとに様々なバリエーションがあります。電気圧力なべがご提案できることも同じくらい多くあるはず。これからもっともっと世界中で電気圧力なべを使う人が増えていけばいいなと思います」

こうした想いを胸に、私たちの生活をより良くするための技術をブラッシュアップさせている松下のみなさま。目を輝かせながら自分たちの携わった製品について語るお姿にはなかなかステキなものがありました。

皆さん、ありがとうございました。 集合写真

おいしい思いをしてお腹も満足したし(?)、熱いエンジニア魂に触れることもできたし。カソウケンの女である私にとっては、とても幸せな時間を過ごした取材でありました。

ただ一つ困ったことが!
「物欲」という名の圧力にぎゅうぎゅう押されて…苦しくなってきたわ〜。

(おわり)

うちだ まりか氏の写真

内田 麻理香
(うちだ まりか)

1974年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業。
東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻修士課程修了。
同大学院 博士課程中退後、家事・育児を科学する架空の研究所「カソウケン(家庭科学総合研究所)」http://www.kasoken.com/ を立ち上げる。
現在は、東京大学工学系研究科/工学部 広報室特任教員として活躍中。