若手の熱意で暮らしの空気を変える
求めたのは空気清浄機の新しいカタチ、若手3人が挑んだ“高設置性×高性能”の両立
加湿や脱臭、IoT対応、ハイパワー化…。従来の空気清浄機は多機能化とともに大型化が進む傾向でした。
しかし、そのトレンドに疑問が投げかけられました。
「本当にユーザーが求めているのは、多機能化なのだろうか」「機能を厳選して、もっと暮らしに寄り添う、コンパクトで美しい一台をつくれないか」。そんな逆転の発想から、パナソニックの若手を中心とした新製品開発プロジェクトが動き出しました。挑んだのは、「スリムで省スペースな本体」と「リビング全体をカバーするハイパワー ※1」――― 一見すると相反するテーマの両立です。
彼らはこの難題にどう立ち向かい、どのように答えを導き出したのか。2025年10月に発売され、グッドデザイン賞を受賞した空気清浄機「F-PX70C」の誕生の背景には、デザイン・設計・企画、それぞれの領域で交わった“想い”と“葛藤”、そして“挑戦”の物語がありました。開発を担当した3人の若手社員に、話を聞きました。
※1
◇空間の制約について:
適用床面積~31畳(51㎡)
注釈)適用床面積とは、(一社)日本電機工業会(JEMA1467)で定められた基準により、30分できれいにできる部屋の広さ(天井の高さ2.4mで算出)を表し、集じんによる適用床面積
◇運転モード:
注釈)適用床面積は「運転モード 強」の時の試験結果
1 「本当に求められているものは?」“暮らしへの想い”から始まった挑戦
新製品の評判は上々のようですが、開発プロジェクトはどのような経緯でスタートしたのでしょうか?
立石(商品企画)まず私の中に、「ユーザーは、本当に今ある機能すべてを求めているのだろうか?」という素朴な疑問がありました。特に加湿機能は使われる季節も限定されるし、「お手入れが面倒」という声も多く、そういったユーザーの暮らしに寄り添うなら、もっと別の形があるかもしれない、と思っていたんです。
松永(設計開発)ちょうど設計チームとデザインチームでも、本体をコンパクトにする新しいファンや、風路形状の開発を進めていました。でも、従来製品の枠組みの中では上手く活用できず試行錯誤していたところだったんですよね。
立石そんな設計チームの「新しい挑戦をしたい」という想いと、私の「ユーザーの暮らしに寄り添うものを」という想いが重なったのが始まりです。「加湿機能をなくすとしたら、いっそこれまで誰も見たことがないくらいスリムにしよう」「壁際や家具の隙間にすっと置けたら、ユーザーの暮らしをもっと自由に変えられるぞ」と、考えるだけでワクワクしてきました。
澤田(デザイン)私はその話を聞いた時、「これこそパナソニックが今やるべきことだ」と直感しました。従来の家電は、性能を追求するあまり、少し多機能になっていたかもしれない。もっとシンプルで、研ぎ澄まされていて、愛着を持って使い続けてもらえるもの。それこそがゴールだろうと強く共感しました。
松永設計チームも「新しいことにチャレンジできるぞ」と。「加湿」という縛りから解放されると、構造がシンプルになり設計の自由度が格段に上がるんです。「スリムでパワフル」という目標に純粋に集中できることが、何より嬉しかったですね。
立石3人の想いが一致して順調なスタートだと思っていたんですが、これまでと違う市場に挑戦する提案型の商品だったため、「本当にユーザーに受け入れられるのか」という懸念も強く、プロジェクト発足当初は反対されることもあり、企画準備には多くの期間を要しました。
澤田立石さんは日々奮闘していましたよね。反対意見をどう納得させたんですか?
立石「今までにない価値を世に出そう」という一点突破です。機能を絞ることで、設置場所の自由度を高めるという価値を粘り強く訴えました。もちろん、パナソニックとしての新しいブランド価値を築き上げるためにも、スリムにしても絶対に性能には妥協しないという決意も伝え続けました。
2 デザインへのこだわりと妥協しない商品企画、その狭間で続いた設計者の葛藤
そうして、「スリム」と「ハイパワー」という相反する高いハードルが設定されたわけですね?
澤田そうです。立石さんから「今回はデザインにこだわりたい。澤田さん、好きにやっていいですよ」と言ってもらえたので、リミッターを外して取り組みました。実現できるかは一旦置いておいて、「これこそが理想だ」というスケッチを好き勝手に描きました(笑)。
松永最初のスケッチは衝撃的でしたね…。洗練されたデザインで格好よかったけど、「どうやってこれで性能を出すのだろう」と頭を抱えましたよ。
立石松永さんにはあえて、澤田さんの尖ったデザインをそのまま渡しました。最初に掲げる理想は高いものでないと、後から変に妥協してしまいそうだと思ったので。
松永理想が高かったのはデザインだけではありません。立石さんからの性能要求も、さらに上がっていきました。当初このサイズなら個室用と想定していたのに、最終的にはリビング向けの31畳になっていました。
立石中途半端な性能では、パナソニックがやる意味はないし、ユーザーは満足しませんから。
松永それに加えて、収納家具の隙間に入るように幅12.5cmにして欲しいとのオーダーが…。設計としては「この薄さで、リビング向けのパワー?」と、まさに悪夢でしたね。
澤田スケッチでは幅10㎝だったんですが(笑)。それはさておき、私としては、正面向きでも横向きでも使用する部屋に合わせて設置できるレイアウトフリーのコンセプトだからこそ、裏側という概念をなくし360°美しい佇まいを目指しました。中でも特にこだわったのが、正面の格子(グリッド)のデザインです。端正な「縦の格子」を際立たせるつもりでしたが、松永さんからは、強度を保つため「横の格子」も必要だと指摘されました。
松永澤田さんがこだわる格子のデザインをどうやって実現するか…。生産コストや強度面を含めて、工場の生産技術スタッフの意見を聞きながら何度も調整を繰り返しました。その結果、縦格子を基調にしながら、最低限の横格子を配置することで強度もしっかり担保し、全体的に美しいデザインに仕上げることができました。
立石このように、企画開発を進める過程で設計難易度の高い要求を度々行いましたが、松永さんは嫌な顔ひとつせず、真摯に要求に向き合ってくれましたね。その寛容さと冷静さに、技術者としてのプロ意識とプライドを感じました。
澤田このプロジェクトは私が「絶対にやりたい」と思って、デザインチームの他メンバーより先にスケッチを書いてしまうことで、半ば強引にもぎ取った案件なんです。だからこそ安易に妥協はしたくないという思いが強かったので、松永さんには本当に苦労をかけてしまいました。
3 空気清浄機の常識を覆す、画期的な「空気の流れ」
そこまでのスリム化と高性能化を両立できた、設計上の工夫はどこだったのでしょうか?
松永やはり「空気の流れ」をゼロから見直したことです。あの薄さで壁際や家具の隙間に置けるようにするには、「前面のみ」や「側面のみ」吸い込みでは吸い込み面積が不足します。そこで行き着いたのが「吸い込み面積が足りないなら、下から吸えばいい」という画期的な発想で、前面だけでなく、本体の底面からも空気を吸い込める設計にしました。
立石これにより、正面と底面でパワフルな吸い込みを実現できる極めて合理的な構造になったと思います。
松永それともう一つ大きな難題が残されていました。
立石私の「花粉やハウスダストの捕集効率を上げる気流を作って欲しい」というオーダーですね。
松永通常、気流を作るためには、風向きを変えるルーバー(羽板)が必要ですが、このサイズではとても搭載する余裕がなかったんです。
澤田私も、吹出口の格子デザインは絶対に譲らなかったですしね…。
松永そこで、本体内部のフィルターを通った空気の通り道である「風路」を前傾させるとともに、吹出口の格子の内側に外から見えない前傾した格子を配置しました。そうすることで、澤田さんのこだわりである外観デザインを変えることなく、リビングに対応できるパワーを持つ、斜め前方に直進する気流を実現しました。そこに至るまでは、シミュレーションと風路構造の見直し、そして実機検証という地味な作業の繰り返しでしたが、設計者としては一番こだわったところです。
澤田その見えない部分へのこだわりに、松永さんの並々ならぬ執念を感じましたね。
4 妥協なき挑戦がついに結実、チーム全員で掴んだ“新しい価値”
こうして、デザインと技術が一切妥協なく融合した製品が完成したわけですね。
立石今回はリリース前に、社内・社外のモニターの方々に実機を使っていただき、その評価を集めるプレマーケティングテストを一切行っていません。私としては、それくらいこの商品の価値に自信を持っていましたし、社内で異論を唱える人もいませんでした。
最初の試作品に触れた時は、意外に冷静でしたね。当初のモックアップの理想のフォルムと大差がなかったですし、もう本当に毎日ずっとこのやり取りをしていたので(笑)。ただ、発売後に店頭に並んでいるのを見た時は、素直に喜びを感じました。従来の空気清浄機と一線を画すスリムで洗練されたフォルムは、陳列製品の中でもひときわ異彩を放っていて、誇らしく思いました。
松永私は、試作品段階で結構感動しました。これまでの苦労が報われた思いですね。
澤田私もです。スリム化やシンプルな操作性、あの複雑な格子の形状…。毎日何かしら壁があって、それを乗り越えようとチャレンジしたことの数が多すぎて、これまでの常識を覆す製品ができたと、感慨深かったですね。
立石グッドデザイン賞もいただけましたね。
澤田デザインを評価されたのはもちろん嬉しいですが、私が感動したのは、審査員のコメントに「設計の素晴らしさ」についての言及があったことです。これは、筐体の美観だけではなく、立石さんのマーケティングセンス、そして、限られた実装スペースの中でハイパワーを実現させた松永さんの創意工夫など、チーム全員の努力と執念が結実した勝利だと感じ、本当に嬉しかったですね。
立石受賞によってデザインや技術的な評価を得ることができましたが、私が一番欲しいのはユーザーの評価です。何としても「F-PX70C」をヒット商品に育て上げていきたいです。
まさに、チームワークの勝利ですね。最後に、今後の夢や展望をお聞かせください。
松永今回の経験を活かして、また次の新しい空気清浄機を、ぜひこの3人で一緒に作りたいなと思っています。
澤田私は空気清浄機に限らず、ジアイーノやエアコンなども含めた「空質空調」の家電全体を俯瞰して、「パナソニックで揃えた時に家全体がもっと素敵になる」ような、そんなデザインの商品群を作っていきたいです。
立石同感です。私も、空気清浄機という枠に限らず、これからも「使い方」や「置き方」の常識を変えるような商品を仕掛けていきたいです。当たり前にある商品を、当たり前ではない視点で捉え直すことで、ユーザーの暮らしを「空気から変えていく」。その挑戦を続けていきたいと思っています。
- 立石 大樹 Daiki Tateishi
- 北海道出身 28歳。2019年入社後は空質家電のマーケティングを経て、2022年から現在まで商品企画を担当。
- 澤田 樹来 Jura Sawada
- 岐阜県出身 28歳。2019年パナソニックLS(現エレクトリックワークス社)入社、現在はパナソニック空質空調社の家電デザインを主に担当。
- 松永 一慶 Kazuyoshi Matsunaga
- 神奈川県出身 34歳。2015年パナソニック エコシステムズ(株)入社、以来、春日井拠点にて空気清浄機の設計開発を担当。