ミケランジェロ展 ルネサンス建築の至宝終了しました

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展覧会のみどころ

※出品作品は予告なしに変更になる場合があります。

1.システィーナ礼拝堂の下絵を始め、ミケランジェロの真筆の素描35点が出品。
自らの家柄に誇りを持っていたミケランジェロの邸宅は子孫に受け継がれ、現在はゆかりの資料を公開する美術館となっています。そのカーサ・ブオナローティが所蔵する真筆の素描が多数展示されます。
2.建築家としてのミケランジェロの全貌を紹介!
ミケランジェロの建築的偉業を本格的に紹介する展覧会は日本で初めてです。
3.ルネサンス期イタリアの建築が分かる
フィリッポ・ブルネレスキに始まり、ドナート・ブラマンテ、ラファエロ、アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ ジョーヴァネといったミケランジェロの作品とかかわりのあったルネサンス期イタリアの建築家たちを通して、ルネサンス期の建築が分かります。

展覧会の特徴

1.会場デザインはミケランジェロが参照した古代ローマのイメージで

ギリシャとローマの古代文明の復興を意味するルネサンス。建築家としてのミケランジェロに多大な影響を与え続けた古代ローマの遺跡をモチーフとしてデザインされた会場でご鑑賞を楽しんでいただきます。
設計:吉野弘建築設計事務所

2.ミケランジェロの建築作品を多様な資料で紹介

ミケランジェロによる素描の他、本展のために新たに制作されたサン・ロレンツォ聖堂附属ラウレンツィアーナ図書館の模型(1:100、1:20)や映像などを通して分かりやすくミケランジェロの建築を見ていきます。イタリアにおける調査の成果をまとめたコンピューター・グラフィックス映像も出品されます。

3.東京会場だけ特別に!日本におけるミケランジェロ受容の紹介

日本巡回展のうち当館の東京会場のみ、大正時代以降、近代日本において、どのようにミケランジェロが受容されてきたかをご紹介する特別展示コーナーを設けます。
丹下健三、磯崎新らの資料を展示します。

ミケランジェロ・ブオナローティ ラウレンツィアーナ図書館 玄関室の階段 フィレンツェ 1524-1534年

第1章 ミケランジェロ・ブオナローティ

マルチェッロ・ヴェヌスティに帰属
《ミケランジェロの肖像》 1535年以降
カーサ・ブオナローティ蔵

彫刻、絵画、建築、また詩作においても類まれな才能を発揮した「万能の天才」としてミケランジェロを称揚する肖像画は後世、様々なヴァージョンで描かれてきました。
この章で紹介する肖像画のひとつは、彫刻家レオーネ・レオーニがミケランジェロへの贈り物として制作した、ミケランジェロの横顔を彫りこんだメダルの試作品です。
もう一点は豪華なバロック様式の額縁に額装された肖像画で、こちらは後世の画家たちがしばしば手本としたフィレンツェの画家ヤコピーノ・デル・コンテが1535年頃ローマで描いた有名なミケランジェロの肖像画に基づくものです。
このほか、ルネサンス期の芸術家の伝記として最もよく知られているジョルジョ・ヴァザーリによる『美術家列伝』(1568年の増補改訂版、『著名画家・彫刻家・建築家列伝』)も展示し、ミケランジェロの功績がどのように継承されてきたかを御覧いただきます。

第2章 ミケランジェロとシスティーナ礼拝堂

ミケランジェロ・ブオナローティ
《システィーナ礼拝堂天井画〈クマエの巫女〉のための頭部習作》
1508-1510年 トリノ王立図書館蔵 ©Torino, Biblioteca Reale

天井と側壁の間に配置されている《クマエの巫女》の頭部の下絵である。クマエの巫女は、神託を伝える巫女のひとりで託宣を持つ姿で描かれた。 本画では、この下絵に見られるとおりの年老いた老婆の顔と、ミケランジェロ特有の筋肉質の両性的な体格で描かれている。

世界最大の教会堂建築であり、今日、カトリック教会の総本山として知られるヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂は、教皇の権力下で芸術家としての人生を送り、信仰心の篤いミケランジェロを語る上で最も重要な創作の舞台でした。
教皇ユリウス2世の依頼により、1508年から4年の歳月をかけて天井に描いた13×40メートルという世界最大規模のフレスコ画と、ローマに移住後の1536年から1541年にかけて描いた祭壇画《最後の審判》のあるシスティーナ礼拝堂は、この大聖堂に隣接しています。システィーナ礼拝堂では、顔面に絵具をしたたらせながら、のけぞるように立ったまま描くという至難の業の天井への描画を、旧約聖書から「創世記」の9つの場面と12人の預言者と巫女を建築的な枠組みのなかに、見事にひとつにまとめあげました。本章では、天井画に描かれている旧約聖書の場面や預言者と巫女の姿の準備素描を中心に展示いたします。
また、ジョルジョ・ギージが《最後の審判》をうつした銅板画シリーズを展示し、賞賛と非難を巻き起こしつつも後世の芸術家たちに与えた多大な影響力をうかがいます。
晩年のミケランジェロは、建築家としてサン・ピエトロ大聖堂の設計に挑みました。

第3章 建築家ミケランジェロ

ミケランジェロ・ブオナローティ
サン・ピエトロ大聖堂ドーム
ヴァチカン市国 1546-1564年

1504年に完成した《ダヴィデ》によって、彫刻家としての威名をとどろかせたミケランジェロは、その翌年同郷の建築家であるジュリアーノ・ダ・サンガッロの紹介により、教皇ユリウス2世から新しいサン・ピエトロ大聖堂内に自分の墓廟を制作するように依頼されます。
当初の計画は変更を余儀なくされますが複数の彫刻で飾られる背景としての墓廟が空間を内包する建築的な発想へと展開し、ミケランジェロはその後、建築家としても類まれなる力量の持ち主であることを実証していきます。
フィレンツェでは「サン・ロレンツォ聖堂ファサード計画」(1515‐1520年)、「メディチ邸外壁第一層の窓」(1517年頃)、ミケランジェロによるかの有名な彫刻《夜》《昼》《黄昏》《曙》の擬人像で知られるメディチ公の墓碑のある「サン・ロレンツォ聖堂新聖具室」(1520‐1534年)、「ラウレンツィアーナ図書館」(1524‐1559年)といった作品を紹介します。
ラウレンツィアーナ図書館については、本展のために閲覧室と玄関室の模型をあらたに制作し、その独創的な空間構成の魅力も御覧いただきます。
ローマでは政治の主要拠点としての「カンピドーリオの丘の広場と建築」(1538‐1564年)と対照的に宗教的拠点である「サン・ピエトロ大聖堂ドーム」(1546‐1564年)を中心に、1564年に亡くなるまで最晩年の仕事である「サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂スフォルツァ礼拝堂」(計画段階のみ。1560頃‐1564年)や「ピア門」(1561‐1564年)など12件の建築作品の紹介を中心に、建築作品の素描や関連資料を展示します。

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