• 汐留ミュージアムスタッフが行く「竹工房探訪問記」

ゆるやかな曲線から、連続するつながりや無限の世界を感じる「竹彫刻」。アーティストの田辺小竹(たなべしょうちく)さんは、竹を使ったアート作品を制作されています。

「竹」というと籠や笊など、日本の伝統的な工芸品をイメージしますが、田辺小竹さんは伝統を受け継ぐとともに、まるでインスタレーションのような自由で斬新な竹彫刻作品を次々に発表。国内のみならず海外からも高い評価を得ています。

今回、パナソニック汐留ミュージアムで開催の「幸之助と伝統工芸」に関連し、田辺小竹さんによるワークショップ「世界で一つだけの竹の花かごを作ろう!」の開催が決定。ワークショップ開催前に、汐留ミュージアムのスタッフが田辺小竹さん の工房を訪ね、その魅力に迫りました。

田辺小竹
1973年、三代田辺竹雲斎の次男として大阪府堺市に誕生。父である三代田辺竹雲斎のもと竹工芸を学び、2006年に「田辺小竹」を襲名。現在は、代々の技術を学びながら、独自の作品として竹による彫刻制作にも励んでいる。
  • 「ホワイトホール」2005年
    東京ワコール銀座アートスペースにて展示

  • 「天と地」2012年
    大阪の正木美術館で竹のインスタレーションとして展示

  • 「胎」2012年
    スイスで開催されたArt Baselで展示

田村小竹さんに聞く

伝統工芸一家に生まれた誇りをもって

田辺小竹(本名健雄)さんは、昭和48年(1973年)、三代田辺竹雲斎(ちくうんさい)の次男として大阪府堺市に誕生。家は代々続く竹工芸の一家。子供の頃から、竹の廃材で籠を作ったり、お弟子さんたちと竹を割ったり編んだりしていたそうです。「3歳の頃、竹を割っていた時にできた切り傷が今でもまだ残っている」と見せていただきました。大怪我だったそうですが「今ではそれが1つの誇りであり、アイデンティティーとなっている」と教えていただきました。

大阪市立工芸高校美術科、東京藝術大学美術学部彫刻家を卒業後、大分県別府市にある現竹工芸訓練支援センターで2年間、竹の編組(編み方)やデザインなどを学びました。その後、実家である大阪府堺市に帰阪。父である三代田辺竹雲斎のもと竹工芸を学び、平成18年(2006年)に「田辺小竹」(たなべしょうちく)を襲名。現在は、代々の技術を学びながら、独自の作品として竹による彫刻制作にも励んでおられます。

親から子へ。人から人へ。田辺竹雲斎の教えとは?

曽祖父は初代田辺竹雲斎、祖父は二代田辺竹雲斎。そして父は3代田辺竹雲斎という、代々続く竹工芸の一家。初代が竹工芸を始めたのは、明治22年(1890年)今から121年前のことです。江戸中期から確立し始めた竹工芸の芸術性を高めました。

二代田辺竹雲斎は、5歳の頃、大阪三越百貨店にて開催された初代の個展開催でデモンストレーションを行い、亀甲編みを見事に編み、周囲の人々を驚かせたと言われています。田辺小竹さんは、祖父にあたる二代田辺竹雲斎から大きな影響を受けたといいます。「物心ついた時から一緒に過ごし、情熱的に作品を作る姿を見ていました」。一番印象に残っているエピソードは、お亡くなりになる直前の病院でのこと。意識が薄れ、誰が誰か分からなくなってしまっているにも関わらず、ご自身が書かれた色紙に「竹雲斎」の印を押したのです。田辺小竹さんはその姿に感動し「自分も祖父のように死ぬまで作家でいたい」と決意されたそうです。  父である三代田辺竹雲斎は、田辺小竹さんが子供の頃から竹に関する「スパルタ」だったそうですが「厳しかったからこそ技術が身についた」と田辺小竹さんは言います。

親から子へ、人から人へと伝えられる竹工芸。竹の編組(編み方)は100種類を超え、田辺家が代々伝える編み方を覚えるだけでも10年から20年もかかるそうです。田辺小竹さんは、伝統を受け継ぐだけでなく、いろいろな編み方を習得しながら独自の作品を模索。また、展覧会やワークショップを通じて、国内外の人たちへ自らの言葉で伝統工芸の魅力を伝えようとされています。

(左上)初代田辺竹雲斎の作品『柳里恭花籃』(右上)二代田辺竹雲斎の作品『富貴花籃』 (左下)三代田辺竹雲斎の作品『古の風』(右下)田辺小竹の作品『もののふ』

日本の伝統工芸で海外に挑む

田辺小竹さんは海外でも積極的に活動。アメリカやヨーロッパで個展やワークショップ、デモンストレーションを開催しています。きっかけは、2001年のアメリカフィラデルフィアクラフトショーです。元々、ショーには別の有名な日本人作家が誘致されていましたが、9.11のテロにより辞退。当時無名だった田辺小竹さんに声が掛かり、参加することになったそうです。会場にはレッドカーペットが敷いてあり、参加者はリムジンで登場するなどオープニングパーティーから別世界。田辺小竹さんは、当時27歳で最年少であったにも関わらず、作品が高く評価され、フィラデルフィア美術館に作品を購入してもらえることになったそうです。年齢も名前も関係ない、良いものなら認めて貰えるというアメリカンドリームに感動し、海外に進出するきっかけとなりました。

いま、日本の竹工芸作品は海外の美術館でも所蔵され、とても注目されています。竹は東アジアでしか採れず、また、竹をアート作品にしているのは日本だけなのだそうです。なぜなら、竹に関わらず日本の工芸技術がトップレベルだからです。また、竹工芸は自然な物しか使わない「エコなアート」ということで、エコ意識の高いヨーロッパでも注目を集めているそうです。

今後について語る田辺小竹さん(動画 約1分)

アメリカでの小学生のワークショップです ボストン近郊のセーラムという町のSaltonstall School小学校で2007年に行いました

フランス・パリで内閣府派遣事業「Japan Next」という展覧会を2012年3月にパリ装飾美術館で開催 作品展示とデモンストレーションをしました

アメリカ・NYで内閣府派遣事業「Japan Next」という展覧会を2012年4月にMAD美術館で開催。 作品展示とデモンストレーションをしました