孤立しない社会に向けて、信用金庫とパンを焼く?
ビジョンの実装から探る新しい事業の形

Panasonic Design

イベント時のカフェの様子を上から見る。中央にカフェのキッチンカウンターがあり、大勢の人で賑わっている。

l  パナソニック デザイン本部は社会課題解決の一つとして孤独の解消を掲げ、共創型の実証実験に取り組んでいる。

l  2024年秋に京都河原町で開催された「おなかまパン」イベントでは、コミュニティ・バンク京信、地域のカフェHIROBA、ルパンベーカーズと共創。冷凍パンのリベイクを通じて地域の人々が集まり、自然な交流の場を創出。

l  ビジョン起点の実証実験を通して、地域における新たな連携や価値提供の形を見いだすことができた。

「自分、大切な人、地球を思いやる行動が広がっていく世界」の実現を目指す――。パナソニック デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター(以下、XDC)は、社会課題がより多様で複雑化する中、パナソニックとしてさらなる貢献を目指すため、10年後のありたい未来の姿「VISION UX」を描き、新たな事業価値の探索に取り組んでいます。

私たちはありたい未来の姿として、「CARE:人と人が助け合うこと」を大切な概念の一つと捉えています。単身世帯や高齢者が増える一方で、災害リスクが高まるこれからは、社会・地域全体におけるケアの循環がますます大事ではないでしょうか。

都市化やデジタル化、核家族化などで失われた地域のつながりを取り戻し、「地域での助け合いやつながりに誰もが自然にアクセスできる未来」を実現するため、XDC2023年から社外のパートナーに相談を持ち掛け、「社会から孤立しない気軽な人付き合い」を促す場づくりの実証を試みています。

2023年から神戸など各地で実施してきた実証を踏まえ、次のステップとしたのは、地域に根付くコミュニティと事業化です。2024年秋、夕暮れの京都河原町、三条通にあるコミュニティ・バンク京信の共創施設「QUESTION」にあるカフェで開催したのは、「おなかまパン」というイベント。「同じ窯のパンを食べれば、お仲間」をコンセプトに、冷凍パンのリベイクを起点に、食を中心とした自然な交流を促す場を開きました。地域で愛されている「ルパンベーカーズ」のパンを冷凍保存した状態で準備し、「パナソニック」の業務用コンベクションオーブンでリベイクして、カフェ「HIROBA」のメニューとして提供する。この三者をつないだのは、地域に根ざして活動する「コミュニティ・バンク京信」です。

「やってみる」ことで実現したい未来の可能性を探るこの実証実験はたくさんの人でにぎわい、焼きたてのパンを前に笑顔と会話があふれました。

おなかまパン イベントについて、食を起点にまちのなかでの「共住(共に住む)感覚」を育むことを目指した取り組みです。

「おなかまパン」の実施から10カ月。今回、プロジェクトを企画したパナソニックのデザイナー 明石啓史、安久尚登と、実証実験の中心メンバー5人が再会しました。メンバーは、コミュニティ・バンク京信から真鍋恵吾さん(上鳥羽支店)、櫟芳哉さんと太田朋香さん(ネクストコミュニティ共創部)の3人、カフェ「HIROBA」を運営する株式会社Q'sの前原祐作さん、ルパンベーカーズの片岡寿美代さん、くらしアプライアンス社でコンベクションオーブンの事業に関わる野村有希です。プロトタイピングの構想から、「おなかまパン」の実施へ。そこに生まれた価値を振り返りました。

INDEX

思いの共有から始め、地域のステークホルダーと共創

明石コミュニティ・バンク京信の皆さんとの出会いは、地元京都の開建高校のプロジェクトに両社が関わってきたことがきっかけでした。VISION UXや社会の課題解決、特に「孤立しない」社会の実現について語り合う場ができたのは、そこからでした。

真鍋さんまず驚いたのはパナソニックの取り組みが、非常に私たちの課題意識と近かったことです。街を思う、その姿勢に地域金融機関の私たちとの類似性、親和性を感じました。当庫は、1971年に国内金融機関として初めて「コミュニティ・バンク」を宣言しました。地域社会が抱える課題に対し、金融機関の立場からいかにして貢献するかを常に模索しています。今回イベント会場ともなった「QUESTION」の設立も、都市に開かれた共創の場として多様なコミュニケーションを促進し、地域活性化への取り組みの一環として位置付けています。

左右に人物。左に会議で話す男性の上半身、白いシャツとメガネを着用し、手振りをしている。右に灰色のシャツを着た男性、座っている。背景に白い壁と本棚。
左:真鍋 恵吾さん コミュニティ・バンク京信 上鳥羽支店 支店長
右:明石 啓史 パナソニック デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター

太田さんお客様への幸せを考えるという理念が私たちと一致しているだけでなく、未来の社会課題まで含めたプロジェクトが行われていることにとても驚きました。

櫟さんちょうど、この頃はコミュニティ・バンク京信も新たなチャレンジを始めた時期。正午に店舗の窓口を閉め、以降の時間を地域に出てコミュニティの中で活動する「課題解決型店舗」を試行させていました。パナソニックとの共創で、この活動にヒントをつかみたいという思いがありました。

左右に人物写真。左は黒いTシャツを着た男性、座っている。背景に木製の椅子と白い壁。右は黒いトップスを着ている女性が、手を動かしながら話す。背景に木芽の植物と白い壁。
左:櫟 芳哉さん コミュニティ・バンク京信 ネクストコミュニティ共創部 課長
右:太田 朋香さん コミュニティ・バンク京信 ネクストコミュニティ共創部

安久良かったと思うのは、コミュニティ・バンク京信の皆さんと地域の課題抽出からスタートできたことです。地域のステークホルダーにインタビューをして回り、課題を見つけ出してそこに向けて「こういう場ができればいいですよね」とイメージを合わせていくことができました。

真鍋さん最初から「おなかまパン」のような場を想定していたのではなく、ワークショップで課題を付箋に書いてアイデアを出し、そこで「地域のベーカリーと一緒に」と構想が膨らんでいきましたね。

明石今回のポイントは、いかに地域の方々と思いを共有できるかということでした。アイデア出しの中で、京都に根付いているパンの文化がキーワードとなって、そこから河原町三条でカフェを構えるQ'sさん、地元の老舗であるルパンベーカーズさんへと広がっていきました。コミュニティ・バンク京信さんのネットワークと推進力で、一気に進展しました。

やってみたいと思えるアイデアが熱量を連鎖させる

前原さん真鍋さんから私たちQ'sに打診があり、安久さんと明石さんから、VISION UXのコンセプトムービーを見せてもらいました。人が自然と集い、豊かな時間が生まれる――、その場面を見て「まさに、うちはこれをやっている」と直感しました。同じことを考えている人がいるということが素直にうれしかったですね。

片岡さん私も真鍋さんから連絡をもらって、ルパンベーカーズでは経験のない「冷凍パン」のテーマにワクワクしたのを覚えています。街のベーカリーにとって食品ロスや原材料の増加とロス、人手不足などは大きな課題。それらを解決するためにも、冷凍からのリベイクにはとても興味がわきました。

左右に人物写真。左は白いTシャツを着た男性、左側に座り、壁と観葉植物を背景にしている。右は白いTシャツを着た男性、左側に座り、壁と観葉植物を背景にしている。
左:前原 祐作さん 株式会社Q’s 取締役/DAIDOKORO店長
右:片岡 寿美代さん 有限会社ルパン 専務取締役

安久雨が降ると客足が鈍るので、どれだけのパンを用意するか需給バランスの見極めが難しい……。片岡さんからそう聞いて、初めて店舗の苦悩を知りました。聞けば、そうかと納得ですが、こういう見えないところに課題が潜んでいます。地域の方々と取り組む以上、こうした課題に対しても向き合っていくことが大事だと考えます。パンが冷凍できるなら保存もできるし作り置きもできる。しかも弊社には冷凍パンを焼きたての状態にできるコンベクションオーブンの技術もある、そこで商品を担当している野村さんに声をかけました。

野村私は業務用加熱機器の担当として、「これまでにない価値を提供する」という言葉に魅力を感じました。業務用のコンベクションオーブンはルート営業が主で、店舗との共創プロジェクトというのは珍しいケースです。地域活性化というテーマは、この商品に新しい可能性が生まれるかもしれないと。

左右に人物写真。左は白いニットを着た女性、左手をかざしながら話す様子。右は白いシャツを着た男性、髪を束ねて座り、背景に本棚。
左:野村 有希 パナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器ビジネスユニット
右:安久 尚登 パナソニック デザイン本部 トランスフォーメーションデザインセンター

前原さんプロジェクトが具体化していく中で、頑張ろうと思えたのは明石さんと安久さんの熱量に打たれたところも大きい。ディスカッションの熱量も高くて、2時間のミーティングを4回もしたんですよ(笑)。気持ちを入れてつくれば、いいことが起こるものです。おなかまパンは夜に開店する設定なので、どんなお酒やワインをパンに合わせようかと、こちらもメニューの用意や仕立てに力が入りました。

片岡さん夜にパンを食べるというアイデアは、私にとっても新鮮でした。Q'sさんの用意するお酒があり、そこに私たちのパンが並ぶ。しかも冷凍パンを商品として提供するのは初めてのことだったので、事前に試作を重ねてメンバーの皆さんに感想も求めながら準備をしました。

プロジェクト体制図

“おいしい” “楽しい”を中心に人が集う場「おなかまパン」

イベント時のカフェの様子を外より見る。大勢の人で賑わっている。

太田さん「おなかまパン」は17時にオープン。「パンが好きなので来てみました!」と、早くに学生の方が訪れてくれました。聞けば、私の母校の3回生。いろいろと就職活動について語り合ったりもして、食を通じてこういう関係性が生まれるのかと不思議な感覚でした。

櫟さん市役所の方も来られて、顔は知っているけれど話したことはないような距離感の方と、私もいろいろなコミュニケーションが生まれました。地域という共通項があり、目の前においしいパンとお酒が並ぶ。「パンを買いに行く習慣はないけども、夜にパンを食べるのもいいね」と語り合ったり、予想外の化学反応が生まれましたね。

前原さん来店した方が、まずメニューを見ながら冷凍庫からパンを取りだし、カウンターで支払いをしてリベイクしてもらう――。この設計のスムーズさはさすがデザインチームだなと感心しました。日本酒の専門店で同様のシステムを見かけたこともあり、うちもやってみたいと思いつつ、実は結構難しいシステムなんですよね。初見で仕組みが分かるのか、うまく提供できるのかという不安がつきものです。

男性、灰色のセーターを着てしゃがみながら冷蔵庫から商品を取り出す。背景に商品棚。

安久冷凍庫に「書き置き」を残す体験性にもこだわりました。実家の冷蔵庫にペタペタ貼るように、見知らぬ人でも、同じ街に住んでいて小さなつながりを感じられる、そんな設計にしたかったのです。ただ、イベントではその場にいる人同士でコミュニケーションが生まれるので、付箋を通したコミュニケーションまでには至りませんでした。この仕掛けは継続的にやってこそ真価を発揮すると分かり、これは試してみたからこそ気づけた大事なポイントだったと思います。当日はとにかくリベイクパンのおいしさに驚く書き置きが多かったのですが、片岡さん自身も「解凍の方がおいしい」と驚いておられましたよね。

手書きのメモを取る人の手、木製のテーブル上に紙とペン、飲み物のグラスあり。
自分が選んだパンの感想を付箋に書き、冷凍庫の扉に貼ってシェアしあった
白い冷凍庫の扉に、手書きでメッセージが書かれたカラフルな付箋と吹き出しスタイルのメモが貼られている。

片岡さん本当にそう、普通のパンと違ってリベイクのカリッとした風味がいい。自分たちの作ったパンを食べる人を目の前で見るのも珍しい経験です。おいしいと笑顔で言ってくれて、皆さんが語り合っているのを見て、私もとてもうれしくなりました。

野村私は当日、オーブンでパンをリベイクする係でカウンターの内側から片岡さんと同じように、その風景を眺めていました。パナソニックの業務用コンベクションオーブンは、冷凍状態からすぐにリベイクができる点が特長です。通常は予備解凍が必要なため、あらかじめ数を予想して多めに解凍しておき、出なかった分は廃棄せざるを得ません。ですがこれは予備解凍の時間が必要なく、約50秒で完成します。ただ、当日は予想以上の大盛況。オーダーがどんどんきて、リベイク待ちのパンが目の前に並んで慌てました。

女性、白い帽子と黒い服、手袋着用、トレーにパンを乗せている。背景に厨房と人物。

前原さん売り上げの面でも、すごくたくさん来店くださったので、Q'sにとっても大成功です。実はこれは大事なところで、事業として成立するかどうかも一つの試み。そこが証明されたと思います。

帽子をかぶった男性がカウンターでお客様と会話をしている。背景に調理器具など。

小さくともやってみることが、未来への近道

太田さんおなかまパンでは、普通にご飯を食べる場所、お酒を飲む場所という設定以上に、新しい食のコミュニケーションが生まれました。私たちコミュニティ・バンク京信も、金融面の支援にとどまらない新しい形の地域との関わり方を考えるモデルケースになりました。

櫟さん地域への還元という意味では、「おなかまパン」で生まれた価値は5年後、10年後にならないと成果を測れないのかもしれません。ただし、こういう地域×事業者の掛け合わせをいかにつくるかが、未来につながるのは間違いありません。いいきっかけになったと思います。

カウンターテーブルに集まる数人、オレンジのパーカーの女性と紺のジャケットの男性。背景に虹色の壁画。テーブル上に飲み物とメモ。
カフェのカウンター席に並ぶ人々。白いキャップ、グレーのパーカー、紺色のジャケットなど様々な服装。幼い子供を抱く人物も。
カウンターに並ぶ3人、黒のジャケットと白シャツ、オレンジのパーカー姿。テーブル上に食器や飲み物。背景にカラフルな壁画。

片岡さん私が確信したのは、おいしいパンを届けるルパンベーカーズの目標は、10年後もきっと変わりないということ。食品ロスなどの課題は、さらに切実になるかもしれません。今からはそういう時代で、冷凍という手法もきっと一つの解決策になっていくと思います。

野村さん冷凍の状態からリベイクをするスピード感や、コンベクションオーブンの再現性をもっとたくさんの方に知っていただくために、ルパンベーカーズさんやQ'sさんのような地域店舗に、どういったアプローチができるのか。また、そこから食品ロスや人手不足といった課題解決にともに向き合いながら、私たちも貢献していきたいと思います。

明るい室内で丸テーブルを囲む複数の人物。白いニット、黒いTシャツ、グレーのトップスなど様々な服装。テーブル上にノートPCと書類。背景に観葉植物。

前原さん私が大切にしている思いは、京都河原町のこの場所でやりつづけるということです。そういう人がいなければ、「おなかまパン」のような場も生まれないですから。例えば、同じ京都でも宇治や亀岡には、その街の人に必要とされるベーカリーがあります。そうした店は、決して「人が減ったからどこかへ移転する」という発想は持たない。私もずっとここで続けていきますから、今回のように面白い話をこれからも持ち込んでください!

真鍋さんこのプロジェクトの最大のポイントは、「真剣さ/新鮮さ」だったと思います。ちょっとした気づきを見逃さず、深いところまで突き詰めて、現場から情報を得ていくというプロセスを通じて、私たちは大きな学びを得ました。何事も新鮮に受け止めるところは、きっとパナソニックの社風でしょう。私たちもそれを体感することができました。

明るい室内での立ち座りの会議風景。白いTシャツ、黒いシャツ、白いニットなど様々な服装の人々。木製の椅子とテーブル。窓からの自然光。

安久ビジョンを共有した仲間とともに、ありたい姿に向けた事業への道筋を描いていくプロセスが見えたことが、何よりの成果でした。パナソニックの冷凍とリベイク技術の強みを生かしながら、食のエコシステムを構築していく、その上で、業務用機器の導入コストという課題には金融支援でハードルを低くする。コミュニティ・バンク京信という金融機関と連携してプロトタイピングをしたからこそ、新しい事業の兆しが見えたと思います。

既存事業から社会実装検証を通して事業の新たな形を探るプロセス
ビジョンの社会実装を通して事業の新たな形を探るプロセス

明石当日は地元の高校の先生も来場し、学校でもこういう場がつくれないかと視察されました。こうした広がりも一つの成果で、人と人とのつながりが緩やかにでも広がっていくことが、孤立のない社会への入り口です。ともすれば抽象的になりがちなビジョンを、今回は小さいながらも実装できた。だからこそ見えてきた課題もあるので、単発のイベントで終わらせず、この成果を次につなげていきたいと思います。

明るい空間での集合写真。白いTシャツ、黒いトップス、黄緑色の服など様々な服装の男女8名。背景に観葉植物とカラフルな壁画。

(所属情報は取材日:9月12日時点)

取材・文:畠中博文
写真:丹生司
編集:Panasonic Design

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