多様な性のあり方や身体的特徴、人種、文化的背景——。こうした違いによって、社会の中でマイノリティとされやすい人々が直面する課題が、近年ようやく可視化され始めています。
このような社会の変化に伴い、企業にも人権やDEIの視点を踏まえたコミュニケーションが求められるようになりました。
しかし、企業や社会全体にインクルーシブな視点が十分に浸透しているとは、まだ言えません。企業の発信やコミュニケーションが本来の意図とは異なる形で受け取られ、ブランドの信頼を損ねてしまったり、誰かの尊厳を傷つけてしまったりする事例も見られます。
こうした背景のもと、私たちパナソニックオペレーショナルエクセレンス株式会社のXDC DEIデザインチームを中心に、「インクルーシブ コミュニケーション ワークブックプロジェクト」が立ち上がりました。
この記事では、前半でワークブック制作の背景や開発のプロセスを紹介し、後半では初めて開催されたワークショップ「インクルーシブ・コミュニケーション実践ワークショップ」の様子をお届けします。
INDEX
自分で考える「問い」から始まるワークブック
このワークブックは、企業や個人が「相手に伝わるコミュニケーション」を自ら考え、選べるようになることを目指して制作されました。ジェンダー、セクシュアリティ、異なるルーツや文化、障害、孤独など、これまで十分に語られてこなかった社会課題をテーマにしています。それぞれのテーマには、答えを示すのではなく、自分自身で考えるための問いが散りばめられています。
本プロジェクトは、個人の学びにとどまりません。企業の枠を超え、DEIや宣伝・広報に関わる人々が対話するワークショップも開催しています。こうした取り組みを通じて、インクルーシブな視点を社会の中に広げていくことを目指しています。
コミュニケーションこそインクルーシブな視点を
「インクルーシブ・コミュニケーション ワークブックプロジェクト」は、パナソニック社内で、多様な人々が共に生きる社会の中で生まれる課題をデザインの視点からソリューション提案・キュレーションを行ってきたDEIデザインチームと、商品や会社のブランディングや広告制作を担ってきたコミュニケーションデザインセンターのメンバーによる、「ある共通の課題意識」から生まれました。
それは、「コミュニケーションの領域にこそ、インクルーシブな視点が必要なのではないか」という問いでした。
商品開発やブランドの発信、店頭における顧客との関係づくりなど、企業活動の多くはコミュニケーションを通じて構築されています。 しかし、違和感のある表現ややりとりに気づいても、「気にしすぎ」「過剰」と受け取られてしまうこともあります。 そんなとき、「どう対応するべきだったのだろう」と悩んだことがある人は少なくないのではないでしょうか。
理解や意識の差によって、仕事の現場では議論そのものが難しくなることもあります。 その結果、何かの問題に気づいても共感を得られず、うまく伝えられないまま「言えない」と諦めてしまったり、個人の感覚の中に閉じ込めてしまったりすることもあります。
インクルーシブな視点が属人化してしまう。
この課題に着目したことが、このプロジェクトの出発点でした。
答えではなく、問いを。提示ではなく、気づきを。
否定や対立を生むのではなく、どのように対話しながら一緒に考えていけるのか。まずは現場で対話のきっかけをつくることを目指し、ワークブックの制作に着手しました。その意図を、プロジェクトメンバーはこう話します。
“実は当初、「ガイドブック」を作ろうとしていました。ただ、「ガイドブック」にしてしまうと、知識を学んで終わりになってしまったり、この中にあるものが「答え」のように受け取られてしまったりする可能性があります。
インクルーシブな視点でコミュニケーションを考えるとき、前提となる社会の状況や学ぶべき知識、共通認識は、時代やタイミングによって変化します。
だからこそ、何か答えを作ってそれを守るためのガイドを掲示するよりも、さまざまな可能性に自発的に気づいていく意識づくりや、周りの人たちと議論ができる環境づくりこそが必要だと考えました。”
社会とつながるための発信や表現に迷いが生まれるとき、それを個人的な感覚として閉じ込めないために。このワークブックは、違和感の背景を言語化する手がかりを知識として共有しながら、考える機会と対話を生むことも最も重要な目標にしています。
対話を通じて、表現をアップデートする場づくりを
2026年1月15日(木)。
NTT西日本が運営するQUINTBRIDGE(大阪府大阪市)にて、第1回のイベントとして「インクルーシブ・コミュニケーション実践ワークショップ ~ワークブック×事例で“信頼される企業発信”を考える~」が開催されました。
パナソニックが多様なステークホルダーとの共創で培ったインクルーシブデザインの知見をもとに、現在のDEIの潮流や発信を振り返りながら、架空の事例を題材にしたワークを実施しました。
他者の意見と比較しながら自分の前提を点検し、チームで対話するプロセスを体験するプログラムです。
当日は、さまざまな企業のDEIの担当者をはじめ、プロダクト開発、新規事業開発、宣伝広報に関わる方、またご自身で当事者団体を運営される方など、多種多様な立場の方が合計32名参加。この日のために東京から日帰りで参加された方もいらっしゃいました。
イベントの前半では、インクルーシブ・コミュニケーション ワークブックのメンバーから本プロジェクトの趣旨や社会的背景、国際社会から見た日本のDEIの現在地や、昨今の発信で話題となった事例などを紹介しました。
その後、5-6名のグループごとにチーム名を決めるアイスブレイクが始まると、各テーブルはすぐに和やかな雰囲気になりました。 当日は、さまざまな企業のDEIの担当者をはじめ、プロダクト開発、新規事業開発、宣伝広報に関わる方、またご自身で当事者団体を運営される方など、多種多様な立場の方が合計32名参加。この日のために東京から日帰りで参加された方もいらっしゃいました。
イベントの前半では、インクルーシブ・コミュニケーション ワークブックのメンバーから本プロジェクトの趣旨や社会的背景、国際社会から見た日本のDEIの現在地や、昨今の発信で話題となった事例などを紹介しました。
その後、5-6名のグループごとにチーム名を決めるアイスブレイクが始まると、各テーブルはすぐに和やかな雰囲気になりました。
まずは、ワークブックの「問い」を起点に、自分自身の視点を見つめ直していきます。
皆さん、最初は少し悩む様子も見受けられましたが、他の方と共有することで少しずつ思考が広がっていくのか、ディスカッションパートに移ると、時間を過ぎても会話が止まらない様子でした。
事例を使って改善案を出すワークでは、自分が日常的に使用しているアイテムから考えた疑問点や、仕事現場で感じていた違和感、最近読んだ記事から得た視点など、さまざまな切り口からのアイデアが共有され、議論が活発に行われました。
また、問いのひとつに挙げられていた「炎上」という言葉については、
「この炎上は、そもそも悪い炎上なのか?」
「炎上という言葉の定義は?」
「自分達ならどう考えるか?」
など、問い自体を深掘りし、独自に定義し直すチームもありました。
同じ問いひとつから始まっても、テーブルごとに異なる議論のプロセスが生まれていきます。
本プログラムでは、課題に関する知識や他者の意見を取り入れ考えてみることにとどまらず、チームごとの議論を実践的なアイデアに昇華し、発表につなげるところまでをひとつのゴールとしています。
参加者が、普段の仕事にこのワークで得た視点を持ち帰ることができるよう、具体的な事例をベースにしていることが特徴です。
3時間にわたるプログラムも、あっという間に終了の時間に。
すべての発表が終わると、皆さん晴れやかな表情で「お疲れ様でした」と声を掛け合っていました。
イベントに参加された方からの感想
当日、イベントに参加された方の声を一部紹介します。
“私は聴覚障害の当事者です。今回のワークショップでは、自分が別の課題の当事者の立場だったらどう感じるだろうか、と改めて考える機会になりました。一方で、私は広報を担当しています。発信の際には普段から配慮しているつもりでしたが、今回はさまざまな部署や役割の方が参加しており、多様な視点に触れることができました。「そもそもインクルーシブとは何か」という問いが出た時に、この言葉の考え方自体を十分に共有できていない可能性があると気づきました。自分にとっては前提の言葉でも、そうではない人もいる。その視点は、新しい発見でした。今回の対話を通じて、自分の業務を見つめ直すと同時に、今後の発信でもより多角的な視点を意識していきたいと感じています。”(企業広報担当)”
“普段、違う立場や専門領域の方とディスカッションする機会はほとんどないのですが、今回、広報やプロダクト開発に携わる方とお話することができ、学びが多かったです。それぞれ見ている視点は違いますが、同じ問題に向き合う中で、根底にある思いや大切にしたい感覚には近い部分があると感じました。最初は、自分の発言がどう受け取られるか少し不安もありましたが、率直に話し合える雰囲気があり、とても良い体験でした。特に印象に残ったのは、「一人で考え込まないこと」の大切さです。表現に迷った際、声をかけるのは勇気が要りますが「どう思いますか」と話してみることで視点が広がり、内容が磨かれていく。そうした小さな対話の積み重ねが、より良い仕事につながるのではないかと感じました。”(デザイナー)
自ら考え、対話への第一歩を踏み出すために
長時間にわたるワークショップの後も交流会の最後まで参加者同士で会話は続き、大盛況にイベントは終了しました。
インクルーシブ・コミュニケーション ワークブックプロジェクトのメンバーは、ここからがスタートだと話します。
“現在のワークブックの中に掲載されている課題だけではなく、取り組むべきテーマはまだ多く存在しています。そうした課題にも今後向き合っていくために、ワークブックは更新を前提とした設計にしています。
また、企業内ではまだ重視されづらいテーマもあります。それらに、どの程度取り組んでいけるのかについては、今後も議論を重ねていきたいと思います。
ワークブック内の表現づくりでは、偏りが出ないように配慮しながら、誰もがわかりやすい形に落とし込むことが大きなチャレンジのひとつでした。
何を問題提起するのか、その背景にあるニュアンスをどう伝えるのか。
特に例題づくりでは、これまで関わってきた各課題の当事者の方々の声や、プロジェクトにおけるヒアリングから得られた視点をもとに構成しています。
人権、多様性というと身構えてしまう人もいるかもしれません。
まずは目の前のコミュニケーションの見直しから始めることが重要だと考えています。
コミュニケーションは社内外の双方に関わる領域であり、どんな課題においても誰もが関係する分野です。実践の第一歩として、ここから着手することには大きな意義があると思っています。”
自ら考え、対話に一歩踏み出す勇気に、インクルーシブ・コミュニケーション ワークブックの存在やワークショップでの経験が繋がっていくことを願っています。
本プロジェクトの挑戦は、ここからが始まりです。
問い合わせ・相談先
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
デザイン部門
トランスフォーメーションデザインセンター
DEIデザインチーム
design.inquiry*kk.jp.panasonic.com(*には@を入れてください)
