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2006年4月以降に発売されたパナソニック製品の操作表示部分には、<PUD (Panasonic Universal Design)フォント>という新しい書体が使われています。「見やすい文字」を探し求めて、広大な書体の海を旅しているうちに、とうとうオリジナルの新書体を作ってしまった…。そんな開発者 真野一則さんに、新書体誕生までのお話やUDにまつわる思いを聞きました。
※この記事の内容は2006年9月取材時のものであり、社名・部署名・商品名等は、現在の情報とは異なる場合があります。
そもそもどういうきっかけで書体を見直すことになったのですか?
松下にはMIS(Matsushita Industrial Standard)という製品規格があり、その中で、製品の操作表示部分に使う書体が定められています。ところが指定の書体はMISができた当時主流だった写植(写真植字)の書体のままだった。写植に代わってPCでのデザイン指示が主流となっている現在、見直しが必要とされていたんです。
PCを使うデザインの現場では、 写植の書体に近い丸ゴシックを代用として使っている、という状態が長く続いていました。各製品のデザインチームによって、使っている書体メーカーもバラバラだったんです。
デザインをブランド戦略の柱に掲げているパナソニックが、デザインの要素となる書体をこんな状態にしておいてはいけない。そう思ったのがそもそものきっかけです。
なるほど。そういう思いで新しい書体を作ろうと?
いいえ。最初は新たに書体を作るつもりはなかったんです。まず、いま使っている既存の書体の中でいちばん見やすい書体に統一しようということで、パナソニックブランド、ナショナルブランドそれぞれの代表が集まって「フォント研究会」を作り、調査・研究を始めました。2003年の10月頃のことです。その時点では、既存の書体の中から最適なものを選ぶということが目的でした。
えっ? では最初は、新しい書体を作ろうという話ではなかったんですか。
文字サイズが小さくなると、濁点がくっつきすぎていてわかりにくい。
文字サイズが小さくなると、定という字が足に見える。
そうなんですよ。最適な書体を検討する上で、現場に話を聞きにいったんです。すると、製品の操作表示に使っている文字の中には、既存の書体にデザイナーが手を加えたものが少なからずあることがわかってきたのです。たとえば、「濁点がくっつきすぎていてわかりにくい」「丸が小さい」「定という字が足に見える」といったお客さまのクレームに対応して、デザイナーがひとつひとつ手作業で修正をしていたり、印刷によって潰れたりかすれたりしやすい文字をいちいち補修していたんです。既存の書体では対応しきれないのだなと思いました。
そんなきめ細かなことを、デザイナーさんはされていたわけですね。
ええ。最近は年々製品が高機能になって操作項目が増えているうえ、小型化にともなって文字を表示するスペースは狭まってきています。だからこそ、ますます見やすさの確保が求められていますから。
洗濯乾燥機の操作表示
操作項目がたくさんあっても、一目でわかる必要がある。
(左)テレビのリモコン(右)デジタルビデオカメラ
小さなスペースを最大限に活かし、わかりやすく表現することが求められる。
最初はデザイナーが文字を修正するたびに、その修正された文字をデータベース化して、次にその文字を使うときに二度手間にならないような仕組みを作りました。でも、そうするうちに、「理想の書体」を一から作ったほうが早いのではないかと思うようになったのです。健常者はもちろんお年寄りや視覚に障がいのある方も含めて 、多くの人にとっての見やすく、わかりやすい新しい書体を作ってしまおうと。
ただ、一気に全部作ろうと思ったら、2万文字以上作らないといけません。なので、まずはお客さまが製品を使う際に真っ先に触れる操作部分によく使われる133文字に絞って開発を行うことにしました。
「理想の書体」開発はどこから始められたのですか。
まずは、現行製品で使用されている和文表記の操作表示に関する課題の洗い出しです。操作表示に使われる短い語句用に限定した開発なので、主に、
「文字がわかりやすいか(視認性)」
「読み間違えないか(判読性)」
について課題の抽出をしました。
印画紙に印刷した漢字、ひらがな、カタカナをサンプルとして、ユーザに「視認のしやすさ」について評価してもらった。
その次に、現存するさまざまな書体1000種ほどの中から、社内でよく使っていて、視認性が高く誤読しない書体を数種類に絞りこみ、ユーザ調査を行いました。この調査には、若い方から年配の方まで参加していただきました。その結果、印刷された短い語句では、サイズに関係なく、それまで使用していた「丸ゴシック」ではなく「角ゴシック」のほうが見やすいということがわかりました。
近視・遠視ユーザはモノがぼんやり見える。「焦点ズレ」を見てもわかるように、線が太い文字は視認しづらい。
白内障・弱視ユーザは明るいところではモノがまぶしく見えにくい。「光量過多」を見てもわかるように、光が多いと細い文字は視認しづらい。
対称文字はディスレクシアユーザ(難読症)にとって誤読しやすい。ディスレクシアとは知的能力に問題がないにもかかわらず読むことができない、読めても理解できないなどの症状が現れる学習障がい。アインシュタインもそうであったと言われている。
外形が似ている文字は、白内障・弱視ユーザにとって視認しづらく見分けがつきにくい。
文字の一部が隠れた場合に誤読しやすい。
調査していくなかで、新しい発見があったということですね?
そういうことになります。さらに、角ゴシックの中で5種類をピックアップし、書体デザインの違いによる視認性や狭いスペースで文字を収めるときによく使う長体(横方向に圧縮した書体)をかけたときの視認性、太さのバランスなどのユーザ調査を行いました。その中で一番評価が高かったのが、今回開発を一緒に行ったイワタさんの「新ゴシック」だったのです。
製品にはアルファベットも使用されますよね。
アルファベット書体は日本語に比べて文字自体は単純です。ですが、視認性や判読性だけでなく、各国の文化的背景による嗜好性も複雑に関係してきます。そういったところが難しいですね。
そこで、在日外国人のほか、北米、欧州、アジアでユーザ調査を行いました。すでに角ゴシックが見やすいという結果が出ていますので、角ゴシック系の4書体にしぼり、
実際に製品に書体違いの文字を貼りつけて、ユーザにどの書体が望ましいかを調査した。その結果「Frutiger(フルティガー)」の評価が高かった。
「文字がわかりやすいか(視認性)」
「読み間違えないか(判読性)」
「文章としたときに読みやすいか(可読性)」
「シンプルで美しいか(デザイン性)」
について調査をしました。その結果、「Frutiger(フルティガー)」という書体の評価が高いことがわかりました。
さらに、日本語では、「PCカード」「AC電源」のような「英文+カタカナ」「英文+漢字」の組み合わせをよく使用しますので、和文と英文の書体の親和性といったところの調査も行いました。これは社内のデザイナーを対象にアンケートを行いました。その結果、和文で使用する「イワタ新ゴシック」とのデザインバランスがいい英文書体は「イワタ新ゴシック」ではなく「Frutiger(フルティガー)」であるということがわかりました。そして、最終的には「Frutiger(フルティガー)」と同等の効果が得られる「URW++社 F015書体」を元にしてPUDフォントを開発しました。
それはおもしろいですね。
これら一連の調査結果は、「フォント研究会」のリーダー的存在だった内山主任技師によって「家電製品本体のユニバーサルデザインフォント研究」という研究論文にまとめられています。
1 適切なウエイトと白黒バランス
白い部分と濃い部分をできるだけ均一に保つ。
2 ふところの確保
ラインが囲む空間(ホールとギャップ)を均一に広くとる。ラインの筆末が干渉しないようにする。
3 シンプル化
文字の骨格をシンプル化し、複雑な要素を整理。
4 スクリーン印刷つぶれの対策
高さが4mm時、隙間を0.15以上確保。
5 枠内の有効活用
文字に割り当てられた天地左右の領域を有効に使う。
6 筆末の処理は角にする
要素の端を明瞭化する。
7 部首の大きさの最適化
認識しやすい部首の要素を極力大きくとる。英文の場合は、アセンダーライン内に占めるXハイトの割合を大きめにとる。
1 要素の方向性を明確化
単純な構成の文字は、要素の方向を明確にし、差別化する。
2 近接ラインは極力離す
要素が違うラインは明瞭に示す。
3 ホールとギャップの確保
4 独立したシルエット
同じ躯体に収めない。
5 点対称文字との差別化
紛らわしい文字は、差別化しやすくする。
6 鏡文字との差別化
紛らわしい文字は、差別化しやすくする。
その後イワタさんに話を持って行かれたのですね?
そうですね。和文書体はイワタさんの「新ゴシック」を元に開発したいということがありましたので、今までの調査結果や改良ポイント、コンセプトなどをお持ちして、一緒に開発をしていただけないかと。具体的な要望や改良対象文字などはすべてパナソニックから提出しました。それを元にイワタさんに、実際にひとつひとつ書体をデザインしていただきました。パッと一目見てわかる操作表示のために作る文字なので、特に視認性と判読性を重視してさまざまな修正を加えていただいています。
興味深いことに、実際に完成したPUDフォントは、ベースとなった「イワタ新ゴシック」とはまったく違う雰囲気の書体に仕上がりました。
左からスチームオーブンレンジ<ビストロ>、DVDレコーダー<ディーガ>、高温スチームIHジャー炊飯器。
反響はいかがですか?
すでにPUDフォントが使われている家電が店頭に並んでいる。
2006年4月以降に発売された新製品には、ほぼすべてこのPUDフォントが使われています。売場で製品を見たという異業種メーカーのデザイナーさんから、初めて見る書体だということでさっそく問い合わせがあったほどです。イワタさんの方にも、印刷系の会社などからの引き合いがたくさん来ているようです。
なかなか好評なようですね。
パナソニックのコンセプトを元に開発、発売されたイワタUDフォント。
PUDフォントの共同開発が終わった後、イワタさんが独自で、パナソニック仕様の133文字以外の漢字の改良に着手されて、トータル約2万文字にも及ぶ「イワタUDゴシック」として発売されました。そのベースになっているのが、私たちのPUDフォント開発のノウハウです。
ノウハウを提供したということですよね。いいんですか?
そもそも万人のために開発したUD視点の書体なのですから、そこを隠す必要はない、むしろオープンにしていこうというのがパナソニックの考えでした。イワタさんの決断もすごいなと思いますね。なにせ2万文字ですから…。私たちのノウハウに着目していただいて、発展的な展開をされたことによって、それだけ世の中に使いやすい文字が増えるということですから有り難いことです。
そうするとこのPUDフォントの影響が、異業種などにも広がっていくかもしれませんね。
(左)PUDフォントが使用されているリモコン(右)PUDフォントが使用される以前のリモコン。「C」や「S」、「3」や「9」の数字に違いが現れているのがわかる。
そうなればいいですね。これをきっかけに他のフォントメーカーからもUD視点の書体がどんどん開発されるなど、文字を必要とするあらゆる分野に広がっていけばうれしいです。
ただ、現在のPUDフォントが完成形だとは考えていません。お客さまと現場の声によっては、これからも変わっていくことはあるでしょうし、むしろそうしていかなければいけないと考えています。
すでに具体的に何かお考えですか。
SDステレオシステム(ミニコンポ)<D-dock>の画面に表示されるGUI。
現在のPUDフォントは、製品本体の機能表示のために作った書体なので、視認性の高い「表示系」の文字ですが、新たに取扱説明書やカタログへの展開として、可読性を重視した「本文系」の書体についても検討していく必要があります。そのほか、社内では、AVC製品の画面に表示されるGUI (グラフィック・ユーザ・インターフェイス)上の文字についても別途研究を進めているところです。それぞれ、解像度や読まれ方が違ってますからね。
もともと書体についての知識をお持ちだったのですか?
いえいえ。この仕事を進めるなかで、一からいろいろ勉強したのです。おかげで今では書体についてかなり専門的なことまでわかるようになりました。勉強しているうちに、文字そのものの成り立ちや文字にまつわる理屈がわかってきて楽しかったですよ。
調査段階で使っていた「Frutiger(フルティガー)」という書体なんですが、実はこの書体は、作者のアドリアン・フルティガーという人がフランスのシャルル・ド・ゴール空港の案内表示用に、誰もが見やすい書体として作ったものだったということを後になって知りました。よく見ると、交わったラインを視覚的に矯正するなど、ディテールに実に繊細な工夫が施されています。また、この人は「Frutiger(フルティガー)」とともに全世界で愛されている有名な書体「UNIVERS(ユニバース)」のデザイナーでもあったんです。どちらも私が学生のとき、書体デザインの教科書に出てきたものでしたので再感激しました。
真野さんは書体開発はご専門ではないのですね。
門外不出のモデル。デザイン原器の一部。
ええ。フォントデザイナーというわけではありません。現在はAVC 製品の先行開発チームに所属しながらUDチームの仕事を兼務しています。先行開発というのは中長期的な観点でデザインを考えて目標を明確にする仕事と言ったらいいでしょうか。たとえば、2002年のパナソニックデザイン社立ち上げのときにパナソニックのデザインアイデンティティを表すキーワードを作ったり、その思想をかたちとして体現した「デザイン原器(※)」を作るといった仕事に関わってきました。今は、2010年以降の製品のあり方について考えているところです。具体的なことはナイショですが。
パナソニックのデザインアイデンティティ作りに深く関わっていらしたのですね。
パナソニックがいま全社的に押し進めているUDはデザインの大きな柱でもあり、AVC製品の先行開発の仕事、とりわけデザイン原器とも連動する部分が多いことから、UDチームの仕事を兼務しているわけです。AVC の先行開発チームとしては、UDを切り口にして最新のAVC製品の形を変えることで、これまでにない新しい暮らしを提案していくのが狙いです。
たとえば?
真野さんが細かくUD視点を検証した結果が反映されているビエラのリモコン。
ふたつの仕事が融合したわかりやすい例を挙げるとすると、ビエラ、ディーガのリモコンの検証ですね。人によってさまざまな持ち方をするということも考慮したうえで、重量バランス、リモコン本体の幅、ボタンのピッチ、カーソルの幅などを細かく検証した結果が、最新のビエラやディーガのリモコンに反映されています。
幅・重量・バランス・適正ボタン位置の調査
持ちやすい幅、持ちやすい重心位置、押しやすいボタンのレイアウトはどれであるかをユーザ調査。
持ち方の調査
リモコンの持ち方によって操作性が大きく異なる。
ボタンピッチ(ボタン同士の間隔)の調査
リモコンの持ち方による適正なボタンピッチを調査。ピッチの異なる14種類のリモコンを用意し、ユーザ調査を行った。
こうして、最適な幅、バランス、ボタンレイアウト、ピッチ幅を導き出し、開発されたのが、現在発売されているビエラやディーガのリモコンだ。
くわしくは、
ビエラ商品ページをごらん下さい。
くわしくは、
進化し続けるUD テレビの電子番組表とリモコンをごらん下さい。
UDの視点は、暮らしのあり方自体を変えていくと?
「UD」とよく比較対照される「バリアフリー」という考え方があります。これは障がいを持ったお客さまの個々の課題に注目して問題解決していこうとする対症療法的な考え方です。けれどもそういう取り組み方では、選択の幅が狭くなったり、価格が高くなったりと、特殊な商品になってしまいます。UDは、より多くのお客さまが使っていただけるよう、課題解決型だけでなく提案型へ。対症療法から体質改善へ。もっとアグレッシブなUD活動を展開していくための道筋を作っていくべきだと考えています。
UDを考えるときに大切にされていることはありますか?
個人的には、UDを考えるとき、「用と美の融合」のようなシンプルなところを目指したいと思っています。それはデザインだけに限らず、日本人のあらゆるものへの美意識に通じるものだと思います。諸々の課題を解決するとき、解決策を積み上げていくのではなく、すべてを一挙両得に解決できるシンプルな方法こそがもっともカッコイイという美意識が日本人には昔からあるように思うんですね。そういうものを大切にしていきたい。
まさにPUDフォント開発がそうでしたね。最後に、UDに関わられてきた経験から、一般のユーザに伝えたいことは?
ユーザ調査に協力して下さるお年寄りが「わたしには使えないわ。ごめんなさい」などとおっしゃることがあります。使えないことを恥じて、使うこと自体を諦めてしまわれるのです。われわれはこうした、声として届いてこないけれども切実なお客さまの不便や不満を発見しながら、日々製品開発をしています。
逆に言うと、お客さまから不便や不満の声をいただくことは、製品開発にとってとても有り難いことなのです。お客さまがもっと声を大にしてどんどん注文をつけてくだされば、その声が製品に反映されて、世の中はもっともっとよくなっていくと思います。
(おわり)
※この記事の内容は2006年9月取材時のものであり、社名・部署名・商品名等は、現在の情報とは異なる場合があります。
※PUDフォントの英文は「URW++社 F015書体」を元に開発しています。一部誤解を与える表現がありましたので訂正いたしました(2007年5月15日)。