もうひとつのオリンピック会場
パナソニック アストロビジョン

メインスタジアムには135m2の
スクリーンが2基設置された
そのとき、高橋尚子はトラック前方のアストロビジョンを見ていた。
大画面に映る自分の姿の後ろ、思ったよりずっと近くにリディア・シモンが迫っていることに気付くと、最後の気力を振り絞るようにピッチを上げた。
40km地点で28秒あったシモンとの差は、高橋がメインスタジアムへ通じるゲートを抜けた時点で、わずか10秒差へと縮まっていた。
オリンピック史上最大の規模を誇る野外競技場、メインスタジアムの“スタジアム・オーストラリア”には、大画面のアストロビジョンが向かい合うように2基設置されていた。フィールドを一目で見渡すことが困難なほど巨大なこの会場では、観客のみならず競技中のアスリートたちさえも、アストロビジョンの画面に映し出されるクリアな映像に見入ることがあった。
いまやスポーツの競技会場には、大型ビジョンは欠かせない。シドニー大会でも多くの会場に設置されたアストロビジョンは、この大会で、さらに新しいスポーツエンターティメントの提案を行なうことになった。巨大なスクリーンは、競技場を離れてシドニーの街に飛び出したのである。
20世紀のフィナーレを飾るミレニアム・オリンピック、シドニー大会は“ピープルズ・ゲーム”と評された。イアン・ソープやキャシー・フリーマンといったスター選手の活躍に、スポーツ好きのオージーたちは熱狂した。しかしその熱い声援は、地元選手だけではなく、すばらしいプレーを披露したすべての国の選手にも等しく注がれたのだった。大会運営には、4万6千人を超えるボランティアが協力し、訪れる選手や観客をフレンドリーにもてなした。この大会の主役は、地域をあげてオリンピックを応援し、この世紀のイベントを思い切り楽しんだ、ひとりひとりの人々に相違なかった。
人々がオリンピックを楽しむためのプランは続々と用意された。シドニーのあるニュー・サウス・ウェールズ州では、大会期間中、保育園から大学までのすべての学校が臨時休校になった。大会直前になるとシドニー市内には、6カ所の大がかりな無料エンターティメント会場が開設された。その名も「Live Site(ライブサイト)」。各会場の中心には、パナソニックの大型アストロビジョンが配置され、パフォーマンスやコンサートなどのイベントが繰り広げられる。もちろん、オリンピックの競技もここでライブ放映されるのだ。

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アストロビジョン担当
松下通信工業 SP担当課長
後藤 喜行
「ライブサイトは、シドニー市内でも人が集まる場所や広い公園などに作られました。植物園の南にある広大な広場のメイン会場“ドメイン・ライブ・サイト” では、連日本格的なコンサートなどが繰り広げられ、10万人もの観客が集まっていました。他の会場も大変なにぎわいで、ライブサイトの注目度は我々の想像を超えたものでした」
9月のシドニーは、これから春本番といった気持ちのいい季節だ。どうせチケットが手に入らないなら、家でテレビを見ているより、芝生の上で日光浴、ビール片手に大きな画面で盛り上がるほうが楽しいに決まっている。ライブサイトのイベントスケジュールはテレビ番組表よろしく新聞に掲載され、人気選手が登場する予定の会場には人々があふれた。会場ごとにベストの観戦ポイントの情報が交換され、場所取り合戦も激しくなった。
「毎日、競技は早朝から始まります。朝7時には機器を立ち上げて放映の準備、競技が終わっても会場ごとに開催されるイベント映像が深夜まで流れます。開会式前の聖火リレーから閉会式までの2週間以上、会場のアストロビジョンは休みなく働き続けなければならないんです。これが競技会場だったら、万一不具合がおきても目の前で実際の競技が行なわれています。でもライブサイトではアストロビジョンの映像がすべて。事故や故障は絶対に許されないんですよ」

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人々は思い思いに観戦を楽しんだ
大会が始まり、オーストラリア選手が活躍を続ける。どんどん盛り上がるライブサイトの陰では、パナソニックの担当者が奔走していた。シドニーの各地に点在するアストロビジョンに、限られたスタッフで対応しなければならなった。シドニー大会で使用したアストロビジョンは、競技会場とライブサイト、合わせて16会場、19スクリーンにも及ぶ。一度にこれだけの機材を調達するために、各国からレンタル用のスクリーンがシドニーに集められていたのだ。
「ものによっては数年前の製品もあり、機種も様々。ですから、修理用に何世代にも渡るパーツを用意するのにまず苦労しました。我々がメンテナンスを依頼したオーストラリアの現地業者にとっては、昨日と同じ修理を、今日別のところでやっても、違う機種のため要領が分からないんです」
そんなときはパナソニックのスタッフが直接現場に駆けつけて、細かい指示を下す必要があった。しかし、シドニーの市街地は、オリンピックのテーマパークと化している。交通規制や渋滞の道路を自動車で迅速に移動するのは不可能だ。そこで活躍したのが、自転車だった。スタッフは、トラブルがあれば、人混みをかきわけ、会場から会場を走りぬけた。
「何かトラブルがあった時は、連絡を取り合って『自転車で急行してくれ』と。ヘルメットも着用して、まるでトライアスロンの選手みたいにね。シドニーは高速道路にも自転車のコースがあるし、電車やフェリーにも持ち込むことができるから、市街地では万能でした」
意外な効果もあった。シドニーに持ち込んだ30台のパナソニックの自転車は、多くのスタッフや市民の目に触れ、コミュニケーションに一役買った。
「会場の盛り上がりを目の当たりにしていると、ここで故障がおきて映像が止まってしまったら暴動が起きるんじゃないか、そんな危機感さえ感じました。でも実際は、現場での修理が完了して映像が再び流れると、会場からは温かい拍手がわき起こるんです。『ノー・ウォーリーズ』(心配ない、なんとかなるさ)のオージー気質で、思い思いにオリンピックを楽しむ人たちに接していると、連日の苦労も吹き飛んで、ここにアストロビジョンを設置して本当によかったな、と思いましたね」

6会場のアストロビジョンは
18日間休みなく稼働した
ライブサイトの最終日。大会最後の競技、男子マラソンの中継に続いて、にぎやかな閉会式がアストロビジョンに映し出される。そしてシドニーハーバーからは壮大な花火。こうしてミレニアム・オリンピックは成功のうちに幕を閉じた。しかし、ライブサイトのパーティーはまだ終わらない。“ピープルズ・ゲーム”のフィナーレはこれからだ。
メイン会場のドメイン・ライブ・サイトでは、“ドメイン・カーテンコール・セレブレーション・コンサート”が始まり、オリンピックスタジアムで閉会式に出演したアーティストたちも駆けつけた。人気DJも登場し、オリンピックの閉幕をなごり惜しむように、人々は午前3時まで踊り続けた。
アストロビジョンがなければただの街角や広場だった場所、ライブサイトに集まった何万人もの人々は、ともにオリンピックの感動を共有し、この祭典を思い思いに楽しんだ。シドニーの街に突然現れた巨大なアストロビジョンの広場は、まぎれもなく“ピープルズ・ゲーム”のためのもうひとつのオリンピック会場だったのだ。
2008年10月1日、“松下グループ” は “パナソニックグループ” に変わりました。
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