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Behind the Scenes 1996年 アトランタ エピソード2


カメラはその一瞬をとらえた

パナソニック スーパースローモーションカメラ

パナソニックのカメラが記憶に残る決定的瞬間を捉えた

パナソニックのカメラが記憶に残る決定的瞬間を捉えた

そのときカメラは、空中で「3歩半歩く」と言われた彼のジャンプが、その歩みの途中で落下していく姿を、スローモーションでとらえていた。
カール・ルイス、35歳。史上初の走り幅跳び4大会連続金メダルに挑戦する、その一挙手一投足に、全世界35億人が固唾を飲んで注目していた。

1996年アトランタ大会で、パナソニックは、日本企業として初の放送システムの元請けを行うと同時に、300台に及ぶデジタルカメラなど様々な放送機材を納入した。

さまざまな特殊カメラが開発された

さまざまな特殊カメラが開発された

オリンピックは「スポーツの祭典」であると同時に「放送技術の祭典」でもある。
現場で使用される数多くの放送機材は、大会前から「オリンピック放送のプロ」たちの厳しい目にさらされる。彼らは一様に、たった一度しかやってこない「瞬間」をとらえることに貪欲だ。そして、その瞬間をより臨場感のある映像にするために、放送機材には、最先端の技術と柔軟な発想が求められた。

『オリンピックは競技のトップを走るものだが、われわれは技術でもトップランナーを目指す』
アトランタでも、パナソニック・チームはこの理念のもと、現場からの要望を受け「新しい絵づくり」に挑戦した。さまざまな特殊カメラの開発である。

棒高跳びでは、競技者の視点と同じ高い位置からの映像の撮影にトライした。
また、競泳では、プールの水底からの映像や、カメラを上下移動させて水泳のターンシーンを撮る水中カメラを、さらにアーチェリーでは、標的の中央の裏側にカメラを組み込み、飛んでくる矢を正面から撮るという画期的な映像を実現させた。

アトランタでは「スローモーションカメラの開発」も重要な課題だった。
一瞬で過ぎ去ってしまうスポーツの決定的な瞬間を、より鮮明なスローモーション映像でプレイバックし、その感動を再現する。肉眼では決してとらえることのできないアスリートの繊細かつダイナミックな動きのひとつひとつをスローで映し出すことによって、スポーツ観戦の新しい楽しみ方を提供することができるのだ。

スローモーションカメラとは、通常のカメラより早い速度で多くのフレーム数を撮影することにより、目には見えない一瞬をなめらかな動きとして再生する。これまでのオリンピックで、パナソニックは3倍速のスローモーションカメラの画質においてすでに高い評価を得ていた。しかし、今回は完全なデジタル化により、さらに高い画質を実現する必要があった。

デモンストレーションは2年にも及んだ

デモンストレーションは2年にも及んだ

「オリンピックの2年前から、現地に試作品を持ち込みデモンストレーションを繰り返しました。 デジタルスローモーションカメラでは、カメラやレンズの機械的性能はもちろん、デジタル信号の処理能力を格段に高める必要がありました。ものすごく電力を消費するので、最初のうちは、やけどするほど熱くなった本体をカバーで覆ったりしたものです」

パナソニックの技術者たちが試行錯誤した結果、デジタルによって撮影を行う「スーパースローモーション」カメラが生まれた。ワイドCCD、デジタル・光伝送による高画質・高機能を、3倍速の高速でも実現できる新回路の開発に成功したのだ。
この新しいカメラが映し出したブレのない鮮明なスローモーション画像は、百戦錬磨のカメラクルーたちからも高く評価され、世界中の放送局から賞賛の声があがった。

アトランタ大会11日目の夜。
メインスタジアムでは、男子走り幅跳び決勝に残ったカール・ルイスの最後の跳躍を、8万3千人が待っていた。

松下電器産業株式会社 AVC社 主席技師 山本 耕司

松下電器産業株式会社 AVC社
主席技師 山本 耕司

「あのとき、スタジアムの一番上にウチのカメラが置いてあったんです。動きを確認するために、アストロビジョンのてっぺんまで登っていて、ちょうど、そこからカクテル光線に照らされたスタジアムを見下ろすように、“あの”ジャンプを見ていました」
当時、パナソニックの放送システムの構築を担当した山本耕司主席技師が振り返る。

予選を3回目のジャンプで辛うじて通過した、ルイス決勝での3回目。スピードに乗った助走から、高く跳びだしたジャンプは8mラインを大きく超えた。8m50。21歳のベックフォードより、29歳のグリーンよりもはるかに遠くへ跳んだその姿は、鮮やかななスローモーション映像で、場内のアストロビジョンに、そして世界中のTV画面に映し出された。

その後、有力選手たちは、次々と失敗ジャンプを重ねていった。
「最後のグリーンのジャンプ。踏み切り板の横に置かれたわれわれの親指大の特殊カメラが、ファウルの瞬間を確かにとらえていましたね」

グリーンがファウルに終わったとき、ルイスは両手を広げて走り出した。とうに峠を越えたはずのジャンパーによる、時の流れを超える奇跡のジャンプに、場内からはかつてないほどの大きな拍手が贈られた。
1984年のロサンゼルス大会からオリンピック4連覇。大会記録タイとなる通算9個目、ルイス“最後の”金メダル獲得の瞬間だった。

山本は、試合後にカール・ルイスがインタビューで答えた言葉が忘れられないでいる。それは、まさしくオリンピックに一貫して参加し続けるパナソニックの思いと共通であったからだ。

「このメダルが一番素晴らしい。最も苦しく、辛かったが、TVを通じて何百万人もの人が私を励ましてくれた。オリンピックには世界中の人たちが集まってくる。その一人ひとりにそれぞれの喜びがある。だからオリンピックは素晴らしい」

2008年10月1日、“松下グループ” は “パナソニックグループ” に変わりました。
このページには、記事制作時のまま旧社名が表記されている部分があります。


エピソード

【納入情報】
アトランタ大会を支えたパナソニック
国際放送センターの放送システム設計、機器納入、メンテナンスを担当
オリンピックスタジアム(陸上競技場)の放送システム設計、機器納入、メンテナンスを担当
ジョージアドーム(体操競技場)の放送システム設計、機器納入、メンテナンスを担当
パナソニックのデジタル放送機器が公式採用される
メインスタジアムに100m2の大型ビジョンを納入
競技会場、選手村等に音響システムを納入
競技会場、選手村等にテレビ、ビデオを納入
競技会場、選手村等にセキュリティシステムを納入
スローモーションカメラを開発
ホスト放送局、ジャパンコンソーシアム他、各国の放送局に放送機器を納入ほか
  • デジタルVTR1200台
  • デジタルカメラ300台
  • スイッチャー50台
  • モニターテレビ4000台
  • その他周辺機器
  • 民生用テレビ9000台
  • 民生用ビデオ500台
  • アストロビジョン
  • RAMSA音響システム
  • 監視用カメラ、セキュリティシステムほか