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第3部 電動自転車も自動車も「社会車」へ

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第3部―電動自転車も自動車も「社会車」へ
クルマが発電所になる日

いきなりだが、燃料電池車を発電所にするという構想がある。こんな突拍子もない構想を打ち出したのは、ドイツのアーノ・A・エバース・フェアPR社だ。

さすが個性的・独創的なヨーロッパである。奇抜なアイディアも生まれやすいと思いきや、日本にもそんな飛んだ人がいた。なんのことはない。この私である。

ご存知のように、燃料電池は水素を燃料として大気中の酸素と反応させることで、電気と水を生む。水の電気分解の逆の反応を利用するものだ。その電気でモーターを回して走るのが燃料電池車である。

つまり、燃料電池といっても、電気を貯える電池ではなく、正確には水素発電機である。それを搭載した燃料電池車は、水素さえあればどこでも発電できる。燃料電池車を発電所代わりにするという発想も、原理を知れば突拍子もないものではない。

このアイディアを発表したのは、たぶん、私の方が早いと思う。思うのだが、どの雑誌に、いつ頃書いたのか、さっぱりなのだ。歳は取りたくないものである。ただし、構想そのものは本人であるから覚えている。

このことを述べるのが本欄の趣旨ではないので簡略化するが、駐車中あるいは自宅に戻ったときに、エンジンに当たる燃料電池を停止させず、アイドリングあるいはアクセル半開にして、発電状態にし、その電気を電力会社に送るというアイディアだ。

たとえば、トヨタの燃料電池車の最高出力は100kWである。これは、100ボルトの家庭用の電気に換算すると、1000アンペアに相当する。一般家庭の電気は最大に使ったときで、30アンペアから50アンペアである。したがって、トヨタの燃料電池車1台で、それをアクセル全開にすれば、20軒から33軒の一般家庭がフルに電気を使える。

現在、日本には7000万台プラスの自動車が存在する。これらがすべて燃料電池車になり、自宅で、あるいは通勤先で、駐車中にひたすら発電にいそしむとすると、7000万×20〜33軒分の家庭の電力を発電できることになる。

えっ、日本にはそんなに家はないってか? だったら、工場やオフィスにも電気を回し、それでも余ったら輸出しよう。燃料電池車が普及すれば、もう大規模な発電所は不要である。

というような話を某雑誌で書いたのだった。まさか、その雑誌をドイツ人が読んで・・・というわけではないだろうが、世の中、同じようなことを考える人間はいるものだ。

この構想で重要なポイントは、自家用車が公共物になるということだ。

現在、自家用車は個人の所有物であり、法を犯さない限り、どう使おうと個人の勝手である(と考えられているが、そうではないはずだ)。ということで、自家用車はその使用の度が過ぎると、反社会的な存在になる。

交通渋滞、大気汚染による地域の安全、健康の悪化、CO2排出量の増大による地球温暖化、エネルギー安全保障の障害等、自動車は個人の役には立っても社会というか、公共の役に立っているとはいいがたく、むしろ弊害が目立っている。自家用車は、個人の自由と公共性が激しくぶつかり合う、まさに主戦場だ。

一方、有効な対策を欠いたまま自動車依存度を高めてしまった現在の社会では、自動車を一気になくすことは困難である。ユーザーは、反社会的な乗り物だと思いつつも、自動車に頼らざるを得ないというジレンマに陥っている。

しかし、燃料電池車を発電所として使うと、いつでもというわけではないが、自家用車も公共のお役に立てるのである。これは、エンジン車では不可能ではないだろうか。

いや、いや。エンジン自家用車でも社会のお役に立てないわけではない。たとえば、カーシェアリングである。1台の自家用車をみんなで使うことにすれば、社会のお役に立つことができる。


 

 
 
 
 
 
水に電気を加えると、水素と酸素に分かれる。
その逆の反応を利用したのが燃料電池だ。
水素と酸素を結合させることで、電気が生まれる。この電気からモーターを動かす駆動力を得ようというのが、燃料電池車だ。

水素と大気中の酸素から駆動力を得るため、ガソリンのようにCO2を排出しない。振動や排気音がないなどのメリットもある。

個人的かつ公共的な乗り物へ

2050年近傍で、世界の自動車保有台数は21億台になると予測する人もいる。この数は、現在の3倍である。

21億台の自動車が世界で走り回ったとき、どのようなことが起きるかは、あまり想像したくない。大気汚染は今以上に深刻になり、CO2排出量は3倍となって地球温暖化はますます加速し、石油の争奪戦は現在の比ではなく、世界の政治的安定は極めて悪化し、鉱物資源も水もまったく不足する事態に陥るだろう。

自動車(交通)が21世紀にも存在できるとすれば、自動車保有台数の増大を適切な規模に止めておく必要がある。だが、事態はそれを許さない。

というのは、自動車の保有台数の増加は、主に開発途上国で起こる。高齢化、小子化で人口が減少する先進国では、これ以上自動車が増えることはない。しかし、地球が悲鳴を上げるから開発途上国のモータリゼーションは許さないというわけにはいかないからだ。

では、どうするか。この事態を大局的に考えれば、物流を含めた交通をどうするかということだろう。

鉄道、船、飛行機と自動車を組合せるというモーダル・シフト、それを可能にするパーク&ライド。あるいは現在の自動車の大きさを3分の1にする。CO2も大気汚染物資も出さず、石油も使わない自動車にする(燃料電池車)等の施策も考えられている。

ここで、問われるのは自動車の所有ということだ。自動車を個人の所有物とし、個人が使うことが改めて問われることになる。もちろん、自動車の個人的な使用とは道路の一部を一時期ではあるが個人が専有するということだから、この点も問われることになる。

このことは自動車に限らない。もっと広くモノを個人的に所有すること自体が根本的に問われ始めている。自動車の個人所有はその一部である。

ところで、自動車を欲しいと思う人は多い。では、自動車というモノが欲しいのだろうか、それとも自動車の自由に移動できる機能が欲しいのだろうか。おそらく、私たちはその両方が欲しいのだろう。

しかし、こんなことはいえないだろうか。自動車が普及し、だれでも自動車を所有できるようになり、一方で渋滞や大気汚染が深刻になると、自動車を持つことがステータスではなくなり、購入費用はもちろんのこと、駐車場探しや、維持管理がかえって面倒だと感じられるようになると。つまり、自動車を絶対に所有したいとは限らなくなるのではないかということだ。

ワシントンD.C.郊外でこんなことが起きたと伝えられた。雰囲気的には自動車の乗合だが、いわゆるカーシェアリングだ。それも自主的な。

米国のハイウエイは無料が原則だが、渋滞を緩和するために、二人乗り以上の場合は専用レーンを走れる。このレーンはたいてい空いているので渋滞を脇に見つつ、流れはスムーズで、速い。また、町に入れば駐車場探しで苦労する。そんなことで自動車通勤に支障をきたす人が多くなっていた。

そんな折り、ある広場に自動車を駐車し、そこから1台に乗り合って都心に向かう習慣が始まったという。

都心でどうしても自動車を使わなければならない人が、「だれか、いっしょに乗る人はいますか」と声をかける。自分一人では専用レーンを走れないが、だれか乗ってくれる人が入れば、早く都心に行けるからだ。すると、都心では使わない人が「私、乗ります」ということで、見ず知らずの人同士の、その場限りの自主的乗合、カーシェアリングが成立するのだという。

ちなみに、ドイツ、スイスでは、自動車生活協同組合的なカーシェアリングの加入者が増えている。レンタカーと同じような仕組みで自動車を借りることができる。

あるいは、将来のことだが、完全自動運転の自動車が発明されたとする。実は、現在でも実験的には成功しているのだが。すると、自動車の個人所有は崩壊するような気がする。

この自動運転車は、携帯電話、パソコンで呼ぶことができる。適正台数が存在すれば、呼ぶとすぐに来るだろう。自宅の前に、あるいはオフィスの前に、無人の自動車がスルスルと来て、止まる。乗り込んだら、プリペードカードを挿入し、行き先を音声あるいはキーボードで知らせる。目的地に着いたら、何もかまわずに降りる。すると、再び無人となって、次の呼び出し先に向かって走り去る。

それでも、自分専用の自動運転自動車が欲しい人はいるに違いない。豪華装備が満載の特別仕様車だ。しかし、全自動運転だから、最高出力が500馬力で、最大トルクが600Nmの高性能車であっても、その性能が威力を発揮するチャンスは皆無である。そうなると、自動車を個人所有する意味の一端は少なくとも消滅するだろう。

21億台の自動車が、人と地球と共存する方法があるかどうか。それは不明だが、ワシントンD.C.やスイス、ドイツのようなカーシェアリングは、それと鉄道、船、飛行機、バス等の公共交通機関を組み合わせるパーク&ライドと共に、自動車を生き延びさせる知恵として、今後はますます注目されることになるだろう。

自家用車は、半公共交通機関として社会になくてはならないインフラになるというのが、私の理想である。


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
環境負荷削減と物流の効率化を図るため、貨物輸送において現在主流である自動車輸送の形態(モード)を、海運、鉄道、航空機など他の輸送機関に転換する(シフトする)という施策。

自宅から乗ってきた車を途中で駐車し(パーク)、そこからバスや電車などの公共交通機関に乗り換えて(ライド)、混雑が予想される特定地域に入る方法のこと。交通渋滞を緩和し環境負荷を低減するための策として各自治体が着目し、取り組みが進められている。

 
 
 
 
 
 
こちらはロサンゼルスのハイウェイ。左側に専用レーン(カープールレーン)が設けてある。
Photo by M. Kawamoto
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