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第5話 響きあう技術屋マインド
 
 
ミグ25フォックスバット。高空を高速度で飛行するXB-70などの機材に対抗する為に、旧ソ連が開発したジェット戦闘機。マッハ2.8の速度性能、今までのジェットファイターを上回る上昇能力は数多くの公式世界記録を樹立した。1976年9月、ソ連空軍ベレンコ中尉の操縦する最新鋭戦闘機ミグ25が函館空港に強行着陸し、日本中を震撼させた。中尉の目的は米国への亡命。残された機体は徹底的な解析がなされた。当時とりわけ話題になったのが、この最新鋭ジェット戦闘機に、真空管が使用されていたという事実だった。東西冷戦構造のさなか、西側の報道は時代遅れの電子部品を使っている云々と、鉄のカーテンの向こう側の技術を哄うかのごとき論調だった。しかし、核攻撃下での強い放射線や電磁波による誤動作を防ぐために、あえて真空管を採用していたのだ、という説もある。音の壁を超えて飛行する電子部品。真空管とは、一般のイメージよりも遥かに耐久性に優れたデバイスなのだ。
 
 
「このタマの耐久性は証明された。しかし・・・」 向村の手には、断続点灯や振動試験をパスしたサンプル入荷の真空管が乗っていた。ノスタルジックな外観のガラス管から出る、9本の金属の足。これが、真空管とそれを制御する回路基盤との接点である。いくら真空管がタフであろうとも、この9本の足を接続するソケット部分に不備があっては問題外である。しかも、真空管用のソケットを今でも生産している部品メーカーに心当たりはない。構造的には同じだろうとブラウン管ソケットを生産している数社の部品メーカーと折衝を重ねたが、いずれも旧式の真空管ソケットを再生産してくれそうな気配はない。ただ1社にだけ、向村の熱意に反応して商売を度外視して相談に乗ってくれた営業課長がいた。彼からの紹介で会議室に現れたKさん。当時の技術を身につけた、還暦を過ぎた技術者。「もう10年以上前に、真空管のソケットはヤメてますよ」と静かに語る彼の瞳の奥に、向村は何か熱い意志を感じていた。誰も振り返ることのなかった真空管のソケットを、いかにして現代に甦らせるのか? 青焼きと呼ばれる複写の廃図を探しだし、ふたりだけの検討作業ははじまった。
 
 
「そもそも昔のカーラジオ用には、しっかり固定されるリムロック管が使われていましたが、今回入手した真空管はロック機構のない汎用のタマなんです」と、向村は切り出す。このソケット開発に勝算がなければ、真空管を使ったカーオーディオの企画は前に進まない。まずは、真空管をしっかりとホールドすること。緩かったりガタがあっては自動車特有の振動には耐えられない。他の部品と一緒に、直接基盤に実装できる構造であるのも重要な条件だ。程なくしてKさんの協力を経て、「単ガタ」と呼ばれる一品モノの試作初号が仕上がってきた。かつてはソケットはベークライトで製作されていたが、今回の試作は最新の素材でチャレンジしている。ソケットの締め付けを、もっとタイトに! 環境試験器で擬似的に再現される過酷な車内の条件を、あっさりとクリアできる製品なんて一発で解答が出る筈もない。熱や湿気の影響を受けないベースの素材。それにも増して困難を究めたのがコンタクト部分のメッキだ。その合金に何を使うのがベストなのか? 用意された真空管の足との相性は? こうして試作につぐ試作をくり返し、カーオーディオ用として機能する真空管ソケットの最適な解答は導き出された・・・。
 
 
「恰好いいじゃない!」 量産試作の社内でのプレゼンテーションは大成功だった。若き企画マン、野中と一緒に外観のポンチ絵からスタートし、真空管回路や基板設計に関主任技師も静かなガッツを見せた。設計共栄会社Nさんと共に組んだ真空管回路設計のコラボレーション、そして過去につちかった技と最新の素材で、Kさんが追い込んでくれた最強のソケット。それぞれに得意分野は異なるが、ひとつの共通点で結ばれた集団。そう、この仕事に携わったメンバーは皆、無類のオーディオ好きなのだ。響きあう技術屋マインドが、それぞれのコダワリが、この量産試作機を作り上げたのだ。作っている当人が面白いと思えない仕事では、製品を使ってくれる人を面白がらせるのは不可能だ。だから無理をして作ったんだ。技術屋からすれば、こんなに面白い仕事は滅多にない。真空管の本物指向にあわせ、操作ノブも金属の削り出しにしよう! 表面処理は梨地仕上げか鏡面か? 間近に迫った量産に向け、コスメティックに関しても皆が意見をぶつけ合う。そして、いよいよカナダの倉庫に眠っている2万本の真空管に発注がかけられた。信じられないかもしれないが、これは現実だ。21世紀の今、カーマルティメディアカンパニーの工場で、真空管を実装したカーオーディオが量産されようとしている。
 
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真空管ソケット
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