ここから本文です。

パナソニック・ホーム 現在のページは、isM トップ > の中の真空管、音の記憶。 〜真空管カーオーディオ〜 > の中の第4話 甦る自作魂と、眠れる真空管のページです。

※過去に掲載された記事になります。内容は公開時のものであり、最新の情報とは異なる場合がございます。

第4話 甦る自作魂と、眠れる真空管
 
 
「この記事、向村部長が書いたでしょ」と部下の関主任技師に手渡されたMJ無線と実験。その目つきは真剣そのもので、とても冗談半分で話しかけてきているとは思えない。そもそも彼は、仕事中にジョークを仕掛けてくるタイプではない。オーディオ自作記事で定評のある雑誌の最新号には何と、現在手配しようともくろんでいる真空管、5670WAを使用した製作レポートが掲載されていたのだ。俺がこんな記事を書くわけがない。今まで、誰もオーディオ用として使った記録のない真空管。いま、この真空管が話題になってもらっては困る。もしかしたらこの記事が発端になって値上がりし、思った単価で仕入れる事が不可能になってしまうかもしれないのだ。 
 
 
それこそ、星の数ほどある真空管の中から、たった1種類を見立てる作業。真空管には一般用途管と高信頼管にグレードが分けられる。当然だが、カーオーディオに使用するには高信頼管でなくては意味がない。さらに振動、衝撃に強いのが条件であり、できれば米軍工業規格のMILスペックに準拠しているのが望ましい。真空管とは、そもそも電球にプレートを入れる構造からスタートし、第三の電極を加えて実用品となった。だから、いずれは寿命が尽きて切れてしまう。メンテナンスの状況を考えてフロントパネルにレイアウトしたい。そうなると、現在一般的な2DINサイズのカーオーディオの高さに納まる大きさのタマでなくては失格だ。ごく一般的だった天地55、56ミリよりも、ひとまわり小さい44、45ミリのサイズで高信頼管であり、なおかつ熱や衝撃に強いこと。国産では旧東京芝浦電気製のタマが候補に挙がったのだが、真空管商社経由でアプローチした結果は惨敗。「1969年に製造完了したタマなんで、さすがにねえ・・・」との回答に肩を落としてから程なくして、ジェネラルエレクトリック社製の真空管がカナダの倉庫に大量に眠っていることを確認できたのだ。そのタマを使用した自作記事が、どういうわけか雑誌に掲載されている・・・。
 
 
「この真空管をオーディオに使おうとするとは、記事を書いた人物も相当のマニアだな。いずれにしても、このレポートを書いたのは俺じゃないよ」と向村のデスクから離れようとしない関主任技師に語りかけながら、一冊の古本を引き出しから取り出してみせる。「これは、苦労して神田の古書街で見つけたんだけど、ジェネラルエレクトリックの5670WAは、ウエスタンエレクトリックの396AやRCAの2C51と、ほぼ同じ特性なんだよ。この特性表をベースにすれば、今回のカーオーディオにDAコンバータ部分のデバイスとして採用する回路が組めるんだ。」関主任技師は古本を受け取るとしげしげと特性表を眺め、プレート特性や増幅率のグラフの数字を小声で読み上げている。
 
 
彼も相当なオーディオマニアとして社内でも知られているが、世代的にトランジスタ以降のデバイスしか知らない。まったく未知の世界である真空管に接し、その特徴を貪欲に吸収しようとしているのだ。なにしろ現在では真空管を体系だって解きあかす資料は皆無に等しい。向村が過去からコレクションしてきた蔵書と、あらたに神田の古書街で発掘してきたオーディオ関連の自作記事が掲載された古本が唯一の頼りなのだ。
 
 
「この回路図は、向村部長がひとりで組まれたのですか?」古い真空管の資料と一緒に積まれた新しい回路図を、関主任技師は見逃さなかった。「いや、実は共作なんだよ。車載用TVの仕事をしていた時期に世話になった、設計共栄会社にNさんという人がいてね、最近お互い真空管オーディオの設計には自信があるって偶然わかったんだよ。それで今回、一緒にやろうって声をかけたんだけど、真空管の回路設計が仕事とは思われないよな。Nさん会社では、何遊んでるの? とか、結構からかわれたみたいだけど、今この手の回路を組めるのは社外では彼、社内では俺くらいしかいないんだよ」と、サンプル品として入荷したデッドストックの真空管を手に向村は語る。

 
中増幅率の9ピン・ミニチュア傍熱形双3極管。おそらくは米軍の軍事施設もしくは軍備品の補修部品として長い眠りについていた真空管。兵器に準ずる物資を、世紀を超えてカーオーディオという平和品に使用するなんて、何だか恰好いい話しじゃないか。でも、車載用機器は通常の通信機器とは異なり断続的に電源が入ったり切れたりをくり返す。この断続点火に耐える品質を、はたして保っているだろうか? それぞれのタマに品質的なバラつきはないだろうか? 真空管商社からテスト入荷した2千本は、米軍放出品の振動試験器で全数チェックが進められている。これで耐久性と品質にメドが立ったら、すぐに本格的な発注をかけなければならない。商品として別のルートに流れる可能性は低いとしても、いつ不良在庫として廃棄処分されてしまうかわからないからだ。いや、その前にもうひとつクリアしなければならない問題がある。この真空管を実装するのに必要な、猛烈にタフなソケットを調達しなければいけないんだ。
 
 
真空管、音の記憶。 第5話 響きあう技術屋マインドへ
真空管ハンドブック
真空管ハンドブック
真空管ハンドブック
真空管ハンドブック
真空管ハンドブック
トップへ | 第5話 響きあう技術屋マインドへ