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第3話 電気少年の宝箱
 
 
昭和40年代初頭の夏。東京の空は今日もよく晴れわたっていた。青く塗られたスチール車両の103系は、京浜東北線(旧国電)の秋葉原駅に到着する。混雑するホームに降り立つ、日焼けした半袖シャツの少年が一人。彼こそが、30年前の向村である。ソフトボールに熱中するスポーツ少年と秋葉原。まるで関連のない組み合わせに思われても不思議はないのだが、秋葉原と向村とは、物心ついた時から切っても切れない縁で結ばれていたのだった。
 
 
東京都千代田区外神田に位置する約500メートル四方のエリア。現在では海外からの観光コースにもなっている「世界のアキハバラ」が電気街になったのは戦後のことである。終戦直後、旧日本軍が使用していた電気部品を、元通信兵の露天商らが神田須田町界隈で並べていた。しかし、GHQが露天での商いを禁止したことにより、露天商たちは現在の秋葉原エリアへとまとまって移転。通称「アメ玉」と呼ばれた米軍の放出品である真空管が目玉商品だった。トランジスタがなかった当時、真空管はラジオや無線機にとって不可欠の部品だったのだ。ラジオが国民の憧れだった時代。その発展を担う電気部品を扱う一大マーケットが秋葉原に形成されたのだった。21世紀の現在でも、「ラジオ会館」や「ラジオデパート」など、電子部品関連を扱うマーケットの名称としてラジオは生きている。アジア各国の市場と同様の賑わい。小口の商店が、それぞれ専門に特化した商品を並べている。ただし、秋葉原には猛烈な香辛料の臭いはない。このマーケットの裏通りやテナントがギッシリと入ったビルの中では、合成樹脂のザルで電子部品が量り売りされ、かすかに接点復活剤の臭いが漂っている。
 
 
向村少年の父は、秋葉原でオーディオショップを営んでいた。ステレオセットを我が家のリビングへと迎え入れるのが、人生の目標だった時代。その中核をなすデバイスは、やはり真空管だった。かつての秋葉原のショップとは、メーカーが製造した商品を小売りするよりは、むしろ、特別注文された機器の製造やメンテナンスを生業にしていたという。オーディオ専門店の業務とは、すなわちコンサルティングと等しかったのだ。店の手伝いをするうちに、父と顧客との会話は自然と耳に入ってくる。オーディオのメーカーや型番もおのずと覚え、店内にあるオーディオ専門誌にも目を通すようになる。その内容は、オーディオ機器の製作記事。メンテナンス用に店にストックされた部品や、廃棄する製品から取り外した部品。もし何か足りない部品があっても、一歩店の外に出れば揃わないモノなどない。なにしろ、ここは秋葉原電気街の中心なのだから。更に恵まれたことに、向村少年の自宅には工作部屋があった。父が研究用に使用する、その小さな部屋で初めて作った5球スーパーのラジオ。日が暮れるまでは外で遊び、夕飯のあとは工作部屋へ。初めての自作ラジオから途切れることなく、彼の電気工作はつづくことになる。
 
 
今でも向村が大切に保管しているミカン箱がある。そこには、大小さまざまな真空管がギッシリと納まっている。電気少年だった向村にとって大切なモノとは、決して高価な玩具ではなく、家業のオーディオショップに自然と集まってくる真空管だったのだ。見た目も美しく、使う種類によって最終的な音が変わる真空管という部品。何とも言えず温かく、スイッチを入れると、オレンジ色の光がガラス球のなかでポッと点灯するのがうれしい。オーディオマニアは真空管を「タマ」と呼び、その寿命が尽きるのを「タマが死んだ」と表現する。長く付き合えば、どの種類のタマが音が良いかはわかってくる。でも、それぞれに特徴があるから、最良の真空管だけ置いておき残りは捨ててしまおうなどとは考えない。もったいないと思う気持ちとともに、いとおしく集められた真空管の数々。これらの愛すべき真空管をオーディオ装置の部品として活用するには、それぞれの真空管のスペックを記録した「特性表」を調達しなければならない。部品と資料。そして、その両方を読み説く能力を身につけた向村少年にとって、真空管がギッシリと詰まったミカン箱は、大切な宝箱だったのだ。


 
効率が悪いから、コストが高いから。そんな理由で、何もかも捨て去る能力に長ける日本人。まだまだ使い道があるはずの真空管だって遠い過去に製造を中止してしまった。だから一部のオーディオマニアの間で真空管が出す音が注目されても、いざ入手しようとすると海外製品に頼らなくてはならない。自分が趣味でオーディオを自作するには充分すぎる量の真空管。少年時代から集めた宝箱を目の前にして、向村は秋葉原へと向かう決心をする。目的地は父の家業のオーディオショップではなく、現在も稼動している真空管の商社だ。そう、秋葉原の隅から隅まで知り尽くした向村には、一般の消費者には縁のない真空管の商社にも心当たりがあるのだ。真空管カーオーディオを製品化するためには、最低でも3万本のロットを確保する必要がある。しかし、21世紀の現在、そんなことがはたして可能なのだろうか? もはや、これは趣味の範疇ではなく完全にビジネスの世界だ。しかも、とびきり難易度の高い類の……。
 
 
真空管、音の記憶。 第4話 甦る自作魂と、眠れる真空管へ
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