Panasonic ideas for life

ここから本文です。

現在のページは、isM トップ > の中の換気に感極まれり! 〜換気扇〜 > の中の極み その1 1億台作っちゃいましたのページです。

※掲載内容は公開時のものであり、最新の情報とは異なる場合がございます。

換気に感極まれり!〜換気扇〜

ナビゲーションをスキップする。
プロローグ 極み その1 極み その2 極み その3 極み その4 極み その5 極み その6

取材・文/田中 実典(たなか みのり)

極み その1 1億台作っちゃいました

一般の人には「あって当たり前」と思われている、もしくはまったく意識の外にある。そんな換気扇を地道に作り続けてきたのが、愛知県春日井市の郊外にある、松下エコシステムズ株式会社である。

大阪から訪れた私を出迎えてくださったのは、企画グループの渡邉(わたなべ)さん。

「渡邉さん、白状します。実は私、換気扇について何も知らないんです・・・」

と、いきなり自白してしまう私。

そんなダメ取材者に対し、渡邉さんは換気扇業界のアウトラインについて簡単に教えてくださった。

「換気扇といってもいろいろあります。家庭用に限っても、戸建住宅・集合住宅で違ってきますし、オフィスビル、はたまた空港やドーム球場、そしてトンネルの集塵システムまで・・・とにかく様々な種類の製品が、ありとあらゆるところで使われています。現代の建築物には必ずあると言ってよいですね」

なるほど・・・言われてみればそうですね、建築あるところ換気扇あり、と。先にお借りした換気扇のカタログも、すごく分厚かったですよね。

「ええ、ウチは全部でおよそ2,800機種の品揃えがありますから」

に、にせんはっぴゃく〜!?換気扇が?・・・と言っては失礼ですが、思いのほか多いんですね!

「それはね、設置する場所などの条件が多様だということなんです。先ほど、戸建て住宅とマンションで変わってくると言いましたが、同じ戸建て用でも、例えば浴室にどんな換気システムを取り入れるかで、全く違う部材が必要になります。ほか、キッチンのレンジフードも設置場所の幅によって変わってきますし、壁や天井への埋め込み形換気扇もあれば、ダクト(空気を送るパイプ)を通して換気する方法などなど、設置する場所によっていろんなプランが可能なんですよ。また、建築設計の方々からも、こんな大きさのものがほしい、こんな所に設置したいといったニーズが寄せられます。それらにきめ細かく応えていった結果が、2,800機種のラインアップというわけです」

なるほど。では、1年間に、どのくらい作られているんでしょうか?

「日本国内の換気扇の需要は、約1,000万台です。うち、松下のシェアは約3割で、ほとんどをこの春日井の工場で開発・製造しています」

わたなべかずふみ氏の写真

渡邉 和文
(わたなべ かずふみ)
住宅環境ビジネスユニット
企画グループ グループマネージャー

さ、さんわり!・・・むむむ。私の住むマンションにも、もちろん換気扇はある。あるけれど、メーカー名なんて知ろうとも思いませんでした。実はウチのも松下製かもしれませんね。でも知る由も無いというか、そもそも、自分で買わないもんなー、換気扇。

「そうですよね。換気扇は住宅設備の一部として施工されますから、電気工事店の方が選ぶのが普通で、お施主様のほうでメーカーを意識されて選ばれるケースはまだまだ少ないですね。でもね、おかげさまで・・・」

と、渡邉さん。なんだか嬉しそうなお顔・・・。ハテ。

田中氏の写真

「自宅の換気扇がどこのメーカー製なのか・・・知ってる人のほうが少ない?」

「おかげさまで2006年の2月に、国内生産累計台数が1億台を突破したんですよ」

ええ!?い、い、いちおく〜!?それはそれは・・・。あれ?ちょっと待ってくださいよ。年間生産台数が、えーとえーと、300万台ぐらいでしょ。1億台になるには・・・あれあれ?・・・数字が大きすぎて、想像の域を超えてしまうのですが(というより、単に暗算ができないだけ!)。かなり長い年月をかけて、達成されたんでしょうね?

「はい。ほぼ50年かけて達成した数字です。戦前にも『排気扇』という商品はありましたが、いわゆる『換気扇』という名称で家庭用に作り始めたのが、1958年(昭和33年)でしたから。私たちも1958年を『換気元年』と呼んでいるんですよ」

ご、ごじゅうねん!?(もう、ええって。)昭和33年、つまり高度成長期に普及し始めたということですか。

「そうです。最初に発売されたのは、『公団住宅用換気扇』。当時の台所で活躍したモデルです」

壇上で挨拶をする平田社長の写真

2006年2月16日、1億台突破記念式典のひとコマ。感謝と更なる決意を述べる松下エコシステムズの平田社長。

公団住宅用換気扇の写真
昭和33年発売の公団住宅用換気扇。
昭和38年ごろの台所の写真
昭和38年ごろの台所。写真向かって右に、松下の換気扇を発見!

ほほう、シブいですね〜。

「そもそも、家の中と外の空気の入れ替えを機械で行う、という考えは昭和の始めに欧米から入ってきたもので、すきま風の多い日本の木造建築には、必要なかったんです。住まいが洋風になっていくのと同時に、換気の技術も進化していったんです」

言われてみれば、江戸時代に換気扇なんて無いですもんね。私の大好きな、現在よく知られているような町家建築が成立したのは、江戸時代中期と言われています。このころは、とにかく蒸し暑い季節をいかに快適に涼しく過ごせるか、が住まいのポイントだったんですよね。

「田中さん、お詳しいですね。まさにそのとおりです。じゃあ、この言葉はご存知ですか?『家の作りようは、夏を・・・』」

「・・・むねとすべし」。知ってます!吉田兼好ですね。

ああ、話題が数字の話から文系ネタに移ってホッとしました。吉田兼好が「徒然草(つれづれぐさ)」に書いた有名な言葉、「家の作りようは、夏をむねとすべし」。つまり、夏に快適に過ごせるような家を作りなさい。ということ。高温多湿な日本での家づくりは、夏を快適に乗り切るため風通しを良くすることが最も重要だったんです。出来上がった家は当然すきま風だらけで、特に「換気」は必要なかった。台所や囲炉裏といった火を扱う場所が室内にあっても、煙は建物のすきまを通って自然と外へ・・・。

「そうですね。私たちはこのころを『換気の第1世代』と呼んでいます。人々がまだ換気という概念を持たないながらも、自然と風の通る家づくりを行っていたころです」

そういえば、思い出しました。私の父の実家は大阪府下にありましたが、私が小学生の頃まで藁葺き屋根の家だったんですよ。よく遊びに行ってました。町屋とおんなじで、冬はとにかく寒かったけど、夏は全部の窓を開け放したらすごく開放的で、風がいくらでも通る家だったなあ。

「そして家庭用の換気扇が登場した昭和30年代が、『換気の第2世代』。実は、初期の公団住宅には換気扇が無くて、台所で魚を焼くと煙や湿気が充満して大騒ぎになったりしていたんです」

うわ、それは大変ですね。

合掌造りの家の写真

昔ながらの合掌造りの家。自然に換気できてしまう、「呼吸する建物」。

「そこで松下をはじめとする電気機器メーカーに協力が求められました。松下はこれに応え、台所やお風呂などでどんな換気扇を用いればよいか、数々の実験に協力したり、ファンとシャッターを別々に設置できる換気扇の開発に取り組んだり。そしてすでに持っていた実用新案を無償公開して、換気扇業界全体の発展にも貢献してきました。こうして徐々に公団住宅全戸への換気扇設置が進んでいったというわけです」

住宅がRC(鉄筋コンクリート)構造になり、その結果、換気扇が必要不可欠となった・・・つまりこの時代が、日本が「すきまだらけの家」におサラバするターニングポイントになったわけですね。

「住まいの気密性は大幅に向上していき、冬場も快適に過ごせるようになり・・・住宅メーカーや建材メーカーは、ますます「気密性」を追求していきました。アルミサッシや高性能断熱材を使った、高気密・高断熱住宅が寒冷地を中心に普及していきました。昭和50年代のころです。この時代が換気の第3時代ですね」

高気密・高断熱。つまり、住まいの「すきま」が、ますます減っていったと。

「ええ。室内環境が快適になるはずが、室内にこもる「湿気」が原因となって、カビなどのトラブルも増えてきました。キッチンだけではなく、トイレやバスルームにも換気扇がつけられるようになったのがこの頃です。」

50年代といえば、私は幼少のみぎりでありましたが、ルームエアコンが急速に普及していったような記憶があります。(当時は冷房専用で「クーラー」と呼ばれていました。)それは、気密の高い家が増え、夏の室内の熱気がすごいことになったせいでもあったのでしょう。

「そして、平成10年ごろからが、換気の第4世代です」

わたなべ氏と田中氏の写真

つまり、現在ですね。今、問題になっていることといえば・・・やはり「シックハウス症候群」でしょうか。

「そのとおりです。建材や家具などから放出される化学物質が室内の空気を汚染し、人々に様々な健康被害をもたらすようになりました」

日本の住まいが進化するにつれて、換気扇も進化し・・・という華々しいお話になるはずが、時代が新しくなるごとに室内空気に問題が生じているようです。すきま風の多い昔の家屋に戻るわけにはいきませんが、このままでも困ります。どうしたらいいんでしょう?

「ええ、それでね、その対策の一環として、2003年に建築基準法が改正されたんです。シックハウスを引き起こす原因となる建築材料が使用される場合、その使用面積に応じて、居室に常時換気の設備が義務付けられることになりました。つまり、これから新しく家を建てたりマンションを買ったりする場合、すべての部屋に『24時間換気設備』を付けましょう、という法律なんです」

私も建築科のテキストで目にしました。建築部材に気を配りつつ、換気扇でどんどん換気しようってことですね。でも、すべての部屋に、とは、かなり厳しいですね。最近家作りに興味を持った人はびっくりするんじゃないかなあ。

「シックハウス症候群」
新築/リフォーム時に用いられた新建材などから発生する化学物質により、室内空気が汚染され、室内にいる人に目や喉への刺激、頭痛、めまい、吐き気、喘息などを引き起こさせること。

「厳しい、と思われますか?でもね、換気扇ですべてが解決するとは言えないにしろ、室内空気を新鮮に保つことは健康にも住まいにも大切なことなんですよ」

うーん、そうですよねえ。自分や家族が長く住む場所のことですもんね。一部屋ごとに換気扇というスタイルに、お施主さんたちも慣れないといけませんね。

あ、そうだ渡邉さん。1億台の話でちょっと気になったんですけど、換気扇の場合、「作ってオワリ」の1億とは全然意味が違いますよね。例えば私の住む築10年のマンションには、キッチン・お風呂・トイレ・洗面と合計4つの換気扇がついてます。で、おそらくこれらは、マンションの全世帯で、10年間、稼動し続けていると思うんですね。つまり、換気扇というものは、5年やそこらで買い換えるモノとは全く目指す世界の違う、超耐久マシンでなくてはならないと思うのですが?

「いいところに気付いていただいて恐縮です(笑)。おっしゃるとおり、換気扇は普通の家電製品とは違い、簡単に買い換えるものではないです。だからかなりの耐久性が必要になってくるわけです。そうですね・・・直近10年間の生産台数が、約3,000万台ですから、このうちのほとんどが今も稼動している、と言えるでしょうね。うちの性能的には当然そうでなくてはなりません」

やっぱりそうですか。いやあ、トイレの換気扇なんて毎日使うし、新築の時からもう何回転しているやら。でも今も変わらぬ性能・・・こんな電器製品、なかなかないよなあ。

「耐久性と言いましたが、ウチの実験室に、20年前から回している商品があるんですよ。見てみます?」

へえ!20年モノの換気扇が眠る、いや回る、ワインセラーならぬ換気扇セラーですか?それはぜひとも拝見したいです!

(つづく)

わたなべかずふみ氏の写真
あなたの頭を換気する!換気トリビア

換気の大切さがわかった、
「ブラックホール事件」と「ロンドンデリー号事件」

そもそも、ヒトはいつから「換気の必要」に気付いたのか。突き詰めてみると、そこには痛ましい歴史があった。換気不足が人の生命を危険にさらすという教訓になった有名な出来事が、1756年インドで起きた「ブラックホール事件」。当時の支配者に捕らえられた英国人146人が、狭い独房に閉じ込められ、一夜にしてほぼ全員が亡くなった。換気不足も原因して、熱中症になる人が続出したからではないかと言われている。

汽船のイラストそして1848年、イギリスで起きた「ロンドンデリー号事件」。アイルランドから北アメリカに向かっていた汽船が嵐に遭い、200人近くの乗客が狭い三等船室へ避難させられた。浸水防止のため、船員たちが部屋を密閉したところ、換気不足で72人が死亡したという。救助のために乗組員がランプを持って船室に入ったところ、室内に充満していた炭酸ガスで、ランプの火はすぐに消えてしまったという。

《出典》「暮らしと環境と空気の話」東洋経済新報社 松下精工株式会社(当時) 編

プロローグ極み その1極み その2極み その3極み その4極み その5極み その6

このページのトップへ

「極み その2」へ進む
トップへ | 「極み その2」へ

RSSRSSについて 更新情報をRSSで配信中。ぜひご登録ください。