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※過去に掲載された記事になります。内容は公開時のものであり、最新の情報とは異なる場合がございます。

情熱が呼んだセレンディピティ 〜グラファイトシート〜

2011年1月25日公開

  • 基礎研究編
  • 応用研究編
取材・文 / ガンダーラ井上

グラファイトシートって何だ?

最近話題のスマートフォン。その中に入っているハイテク素材をパナソニックが作っています。それは、グラファイトシート。限界まで小型化を進めたモバイル機器の中には高性能のCPUが搭載されており、リッチな画像コンテンツ等を高速で表示できます。しかし、高性能なCPUは熱が出るので、その放熱に役立っているのがグラファイトシートなのであります。

ハイテク機器断面解説図

薄くて軽く、柔軟性があって熱を効率よく伝えられること。そんなニーズに応える「柔軟性を有する結晶性グラファイトの開発と実用化」に対して、第42回 市村産業賞・功労賞が授与されたそうです。

しかし、パナソニックとグラファイトシートってイメージが繋がりにくいですよね。いったいどんな経緯で電気機器メーカーがハイテク素材を生産するに至ったかを探るうちに、ひとりの人物の姿が浮かび上がってきたのでした。理学博士 村上睦明さん。もと松下技研の研究者です。 村上 睦明 氏 理学博士 大阪大学招聘教授村上 睦明 氏 理学博士 大阪大学招聘教授 村上さんの取り組んでいた基礎研究なくして、グラファイトシートの実用化は無かったと言えるでしょう。いったいどんな研究をされていたのか?その動機は?普段あまり目にすることの出来ない、研究者の日常と情熱の物語が始まります。

電子部品の材料研究をする日々

村上さんの入社は1970年。大学時代の研究テーマは有機合成化学。でも、いわゆる化学メーカーには勤めたくなくて松下電器(現パナソニック)に就職。松下技研の材料研究所に配属され、電子部品の材料開発に携わっていたそうです。メインのテーマはコンデンサの中にある電解質(有機材料)の研究。

有機物だけれど電気を流す材料の研究に没頭して10年ちかく。その頃、後にノーベル化学賞を受賞することになる白川英樹博士がポリアセチレンという電気を通すプラスチック=「導電性高分子」を発見したというニュースが伝わります。とはいえ、そのポリアセチレンという物質は空気中では分解が進んでしまうものだったそうです。そこで村上さんは電気をよく通し、なおかつ安定なモノを作ろうと決意を新たにしたそうです。

創造科学技術推進事業のテーマとして取り組む

丁度その頃、新技術開発事業団(現・科学技術振興機構)が創造科学技術推進事業というプロジェクトを立ち上げます。当時としては画期的なこのプロジェクトは、新しい科学技術の芽を生み出すべく企業や大学や国の研究機関から人を集めてきて、好きなことをしていいという自由闊達なものでした。 1980年ごろの松下技研。ここで村上さんは日々研究に打ち込んだ。 このプロジェクトの1つのチームのリーダーに松下技研の理学博士 吉村進さんが指名されました。導電性高分子をテーマに研究するチームが松下技研の中に置かれ、村上さんは出光興産や凸版印刷、日本合成ゴムから来た研究者の方々と一緒になって約5年間自由に研究をすることになったのでした。

究極の目標、それはグラファイト

グラファイトシートの原料になるフィルムこちらがグラファイトのシート。折鶴が作れてしまうほどの柔軟性を誇る。 自分が専門としている導電性高分子で世の中に役に立つもの作りたい。極限の材料ってなんだろう?って考えると、それがグラファイトだったそうです。

高分子素材を焼くための特殊炉を導入

グラファイトって、要するにカーボン(炭素)のことです。汚い黒いものです。普通に考えたら、そんなモノはパナソニックとは何の関係もない。でも村上さんは、いろんな高分子素材を焼きに焼いて研究を続けます。最初は1000度程度にしか温度の上がらない炉で実験していたそうですが、1000度で焼くと無くなるものもあるし、無くならないものもある。更にそこで判ったのは高分子の種類をいろいろ選ぶと、同じ1000度でカーボンにしているのに電気伝導率が随分違ってくることでした。なぜこの様に異なるのだろうか?
高分子素材を焼くと500度で水素がはずれ、1000度で酸素、2000度で窒素がはずれます。3000度まであげれば分子が再結合するはずだ。でも、その時に1000度でのこの電気伝導度の異なるカーボンはどの様に再結合に影響するのだろうか。まさに、その事を調べようと3000度まで上げられる炉を導入することを決意されたそうです。
ここが従来誰も考えなかった点で、技術者としての村上さんの直感と言えるのではないでしょうか。

トライしつづけた先に、大いなる発見が

1000度で大丈夫な高分子素材が3000度でも大丈夫な訳ではなくて、3000度にすると、ほとんど灰になって無くなってしまう。あるいはガスになってどこかに消えてしまうという繰り返しが続きます。村上さんは「何種類くらいやったか覚えてないです」と、笑って当時を振り返ります。同じ高分子素材でも3000度と2800度では結果が全然ちがう。だから1回焼けばいいワケではないんですね。どれが正解か判らない。それでも毎日実験を続ける。1984年4月の、ある日…。

「焼く時間はまる1日。冷やしてその次の日ぐらいだったかなぁ。炉を開けたら、ピカッと光るものがありましたねぇ。時刻は昼頃だったと思います。まず、電気伝導度を測ったらテスターが振り切れる。それからX線を測ったら凄くシャープな反応が出てくるんです。それで興奮したのを覚えていますね。それまでは、ほとんど素材が無くなっているか、黒いものがあっても電気伝導度の低いものだったりしたんです。それがこの研究の基礎的な発明の部分になります」

その夜、村上さんは帰宅して研究室から持ち帰ったデータをアタマの上に置いて床に就いたけれど、嬉しくて興奮して寝られなかったそうです。これぞ研究者冥利に尽きる至福の時ですよね。こんな気分になれるのは理科系の研究者に与えられた特権ではありますが、すべての研究者が枕元にデータを置くというクラスの発見をつかみ取れる訳ではありません。

「良いデータが出て嬉しくて枕元に置いて寝た経験、ボクには3回ありますよ。グラファイトの前に1回と、後に1回。」

村上さん、うらやましすぎます。ところでこのグラファイトの研究って、かなりアカデミックな動機づけで開始されていますよね?

「金属じゃなくて高分子から作れるもので、最も安定でしかも良く電気を流すものって何だろう?って純粋に考えたっていうコトです。そこはアカデミックですね。創造科学技術推進事業プロジェクトはアカデミックなことをやるのが目的ですから…。たぶん普通の会社の業務としては出来なかったかなと思いますね。実際そんなモノを作っても金属が既にあるじゃないかとよくいわれましたよ。それでも作りたかったし、出来上がってみると金属よりも優れている面がいっぱい出てきましたけどね。たとえば熱を伝える性質は銅の約4倍あります。グラファイトは銅よりも軽いですから、同じ重さのものを持ってくれば熱の伝導率は10倍以上になりますからね」

高分子素材を焼くことで結晶性のグラファイトを生み出せるんだ!という研究の物語。アカデミックな基礎研究によって発見されたこの素材は、いったいボクたちの生活とどのように関わっていくのでしょうか?それを追求するのが「応用」と呼ばれる分野の研究です。この続きは[応用研究編]でお伝えします。

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