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熱志のレゾナンス
第1話 喝采
第2話 決起
第3話 旅立
第4話 過忙
第5話 光明
第6話 歓喜
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第3話 旅立
  
私たちのための舞台は、思いのほか早く用意された。新世紀を迎えた2001年の早々、2002年モデルの商品企画を夏の発売を目指して立案せよ、という社命が私に出されたのだ。企画内容をプレゼンテーションする企画会議が4月9日に実施されることもすでに決定していた。いよいよ、私たちにブレーンストーミングの結果を出す機会がやって来たのだ。
  
今回、与えられた開発期間は1年半。通常、業務用ビデオカメラには2年ほどの開発期間が必要になる。この期間が圧縮されてしまうと、民生用の技術などを流用して、手っ取り早く仕事をしなければならない。不本意ながら、やっつけのような開発になってしまう。結果的に私たちに決起のきっかけを与えてくれた肩のせタイプも1年間という短時間開発の典型だった。そこまでではないが、2002年モデルも開発期間にそれほど余裕があるわけではない。すぐにでも実際の開発に着手したいほどだった。と言うのも、私たちは二度と肩のせタイプと同じ轍を踏みたくはなかったからだ。
  
加えて、私たちは2002年モデルを自らがつくりたいと思うビデオカメラに仕上げたかった。新しいモデルを送り出すことで停滞気味の業務用ビデオカメラ市場を元気あふれるものにしたかった。それらを現実のものにするためには、「上」からの命令ではなく、現場の意志で進行できる開発プロジェクトにする必要があった。開発のイニシアティブを私たちが握るのだ。そのためには、まず、開発の基本となる商品企画を固めて、上層部に通さなければならない。その高いハードルを飛び越えることができるような商品企画を出せるかどうか。企画担当の私に使命が課せられた。開発プロジェクトの将来は、私に託されていた。
  
2002年モデルの開発が公になったことで、私たちのブレーンストーミングへの熱も高まった。2001年3月には、ターゲット別の具体的仕様検討に入った。ターゲットを想定して、商品のイメージをより具体的に固めようという狙いだった。メインターゲットとなるビデオジャーナリストやブライダル関連のビデオカメラマンたちが求める業務用ビデオカメラとはどんなものなのか。それらを「画質」「操作性」「サイズ」という3つの軸でそれぞれに検討した。ビデオジャーナリストにとって機動力は命である。彼らがよりアクティブに動けるように「手持ちのできる小型・軽量1.9kg」というスペックを目指すことが決まった。また、ブライダルのカメラマンたちは被写体に近寄って撮影することが多い。つまり広角を頻繁に使うのである。トップシェアを持つS社のモデルもオプションのワイドコンバージョンレンズをわざわざ装着して使用している人が多かった。そこで、「ワイドコンバージョンレンズの要らない超ワイドレンズ」があれば重宝するに違いない、という意見も採用された。さらに、ビデオジャーナリストもブライダルカメラマンも撮った画像が商品になる。画像の美しさで商品価値を高めることができる「高感度CCD」は必須だろう、ということで、このアイデアも採り入れられた。手持ちのできる小型・軽量1.9kg、ワイドコンバージョンレンズの要らない超ワイドレンズ、高感度CCD。3つの仕様が固まった。それらは新たな開発が必要になる、つまり時間もコストもかかる高いハードルだった。だが、私たちには、「なんとか乗り越えてやろう」という熱意がみなぎっていた。
  
アウトラインが決まって、2002年モデルの具体像が少し見えてきた。しかし、同時に漠然とではあるが、何かが足りない、とみんなが感じていた。確かに私たちは高水準の商品力を生み出す3つの仕様を決めていた。それらだけでも充分に市場にアピールできる新製品がつくれる。だが、私たちは、これだけでは満足できなかった。後々まで語り継がれるようなフラッグシップモデルがつくりたかった。S社のモデルに勝つとか負けるとかのレベルではなく、業務用ビデオカメラ市場にまったく新しい風を送り込むような…伝説を生み出すフラッグシップモデルを目指していたのだ。それには、今まで誰も試みたことがないような「とんがり」が必要だった。しかし、私たちは、まだ、それを見つけることができないままでいた。
  
企画会議の日まであと数日となった、ある日のブレーンストーミングでの出来事だった。マーケティング担当の並川さんが、こんな発言をした。「僕は大学時代に映画研究会に入ってたくらい映画が好きなんですけど、最近デジタルビデオカメラを使って自主制作、つまりDVフィルムメーキングしてる人とか多いってよく聞くんですよね。後輩からとか。それで思ったんですけど、DVフィルムメーキングを楽しむ、まあ言えば映像クリエイターみたいな人をターゲットにしてみるのも面白いんじゃないかなって…」 映画好きの人間がそのネットワークの中でふと耳にしたことを紹介した他愛もない話だった。しかし、この「DVフィルムメーキング」という言葉がなぜか耳に残った。「なんか気になるなあ、そのキーワード…。」 望月さんも同じように感じているようだった。
  
自分で映像を創って楽しむ人が増えている。そんな匂いはみんなが感じていた。「DVフィルムメーキング」という言葉は、確信を持てるものではなかったが、新しい可能性を私たちに予感させてくれた。このキーワードを基に、「とんがり」の候補として「プログレッシブ」という仕様を新しく採用することにした。現行テレビ方式の「インタレース」という間引き画像では映像クリエイターの要求に耐えられない。画像のクオリティをレベルアップするには走査線を間引くことなく表現する「プログレッシブ」が必要だろうという判断だった。まるで呪文のような存在だった「DVフィルムメーキング」から、ひとまず「とんがり」を決めることができた。メンバーはみんな、なぜかこの呪文に期待を寄せていた。
  
2001年4月9日。ついに2002年モデル開発プロジェクトの企画会議の日がやってきた。運命の日が訪れたのだ。天気はいわゆる花曇り。快晴より花があるからいいか、と心の中でつぶやいた。この日、私が用意したものは、数枚のコンセプトシートと商品のラフスケッチのみ。従来の企画会議なら売上試算まで含めた大量のデータやモックアップと呼ばれる実寸大の模型などが用意される。数字や具体的な商品イメージで説得にかかろうとするのだ。しかし、私は、あえて数枚のシートとラフスケッチだけしか用意しなかった。その理由はコンセプトそのものをしっかり伝えたかったからだ。見込み数字を揃えることで、関心がコンセプトそのものから逸れてはならない。上層部たちには、根本から練った商品企画であることをアピールしたかった。具体的な数字はなかったが、私の持つコンセプトシートとラフスケッチには、濃縮された熱い意志がぎっしり詰まっていた。それを、架空に過ぎない数字の羅列でごまかしたくなかった。コンセプトシートと商品のラフスケッチは、みんなの2002年モデルに寄せる想いそのものだった。
  
開発プロジェクトの今後の方向性が、私のプレゼンテーションに懸かっている。ブレーンストーミングのメンバーの想いが託されている。私にそんな大役が果たせるのだろうか。強烈なプレッシャーが圧し掛かってきた。目を閉じて、私は会議室のドアを開いた。不安でいっぱいだった私の背中をブレーンストーミングに参加したみんなが押してくれたのかもしれない。「何が何でも今回の開発は、現場サイドが主体になる」 その目標を達成するために私は語りはじめた。「今回の新機種開発に当たっては、より市場のニーズを取り入れ、わが社のフラッグシップモデルと呼べるものを創っていきたいと思います…」 トップをはじめ、社の幹部たちの厳しい視線が私に注がれている。私はプレゼンテーションを続けた。「メインターゲットには、これまでのビデオジャーナリスト、ブライダルカメラマンに加えて、DVフィルムメーキングを目的とするクリエイティブ層を想定しています。デジタルの発展は、より多くの映像創造の場を提供しており…」 私たちのつくりたいモノをつくりたい。市場のニーズを反映させた商品にしたい。先般の肩のせタイプのようなトップダウンによる開発はしたくない。そんな想いを伝えたかった。
  
私の説明が一段落し、質疑応答に入った。「それで、この商品は売れるのかね?」 上層部のひとりが質問を投げかけた。私は一瞬たじろいだ。今まで企画会議で、そんな質問を受けたことはなかったからだ。あまりにストレートでシンプルな質問だった。しかし、それは核心をついていた。商品にとって、売れるかどうかが最も大切なことである。今までの開発は、そのことさえも予定調和の雰囲気の中、うやむやにされることが多かった。今回は上層部も真剣なんだ、と実感した。
  
「DVフィルムメーキングを目的とする映像クリエイターたちが、新しい市場を創造してくれます。私たちは、市場のニーズを明確にキャッチしています。」 私はその場しのぎで答えてしまった。「これから先、DVフィルムメーキングは裾野を拡大していきます。2002年モデルでその先鞭をつけるのです…」 一度、口にしてしまったからには後には引けない。私は想いつくままに言葉を重ねた。勢いだけでトップの質問をかわした。そして、企画会議は無事というか、なんとか幕を下ろした。
  
「どうでしたか、石井さん」 会議後、さっそくブレーンストーミングのメンバーたちからのメールがいくつも入った。「結果はどう出るかわからないけど、こちらの想いは伝えられたと思う。」 商品企画が通るかどうか。私は、その結論に関しては複雑な思いになっていた。社内的にも2002年モデルに架ける期待は大きい。トップに、「これでコケたら先がない」という不安感が広がっていたのも確かだ。開発には、全力投球が求められていた。まさに、社運を懸けた新製品なのだ。私たちには、強い気持ちがあったけれど、具体的な裏付けはなかった。企画が通ってほしいと願う反面、通ると後が怖いという思いが、私の正直な気持ちだった。企画会議の結果が出るまでには、もう少しの時間が必要だった。
  
(つづく)
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